コロナ対策「国家の動かし方」の失敗

橋下 徹 元大阪市長・元大阪府知事
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コロナ禍で「国と地方自治体の連携不備、すなわち国家の機能不全が起きている状態」が露見したと語るのは、橋下徹元大阪府知事だ。非常事態だからこそ、国と地方のあり方を大きく変えるチャンス! 橋下氏が、次の政権が真っ先に取り組むべき「課題」を指摘する。
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橋下氏

国家の動かし方がチグハグに

 8月28日、安倍総理大臣が持病の悪化を理由として、総理大臣辞任の意向を固めました。非常に残念でなりません。安倍総理はこれまで多くの実績を残しましたが、日本という国の“大政治テーマ”である憲法改正の国民投票にまでは何とか進めていただきたかった。そうして、政治家人生を完全燃焼させてほしかったという思いがあります。

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安倍首相

 新型コロナウイルス感染症への対策についても、まだまだ課題が積み残されたままです。今回は安倍政権のコロナ対策の反省点、次期政権への提言も含め、僕の考えを述べていこうと思います。

 この夏、国と地方自治体の間では、コロナ対策を巡って大きな混乱が生じました。

 政府の目玉経済対策「Go Toトラベルキャンペーン」(以下、Go To)は、一部の自治体から「感染拡大を助長する」と延期の要請が相次いだものの、東京都のみの除外で7月からスタートしています。お盆の帰省の是非についても、国と各自治体の間で意見が食い違いました。そうこうするうち、新規感染者数が各地で増加してきています。

 これは、国と地方自治体の連携不備、すなわち国家の機能不全が起きている状態です。なぜこのような事態に陥ってしまったのか。これは、そもそもの“国家の動かし方”が間違っているからです。僕が言う国家の動かし方とは、政府と地方自治体の役割分担、権限と責任の所在を明確にするか否かのことです。

 これまで日本では、「どのように感染拡大を防ぐか」という感染症対策ばかりが重視されてきました。この点については専門家たちがある程度の議論を積み上げてきたので、ここからは新しい議論が必要です。

「これまで議論してきた感染症対策を上手く実行するために、どのように国家という組織を動かし、きちんと機能させるのか」

 今の日本からは、ここの視点が完全に抜け落ちているのが問題です。

 基本的に、国家の動かし方は2つの方法しかありません。1つ目は、中央集権型。国家全体を巨大なタンカーと見立てて、政府が権限と責任を全て持った上で、そのタンカーを操縦していくというもの。2つ目は、地方分権型。権限と責任を各自治体に振り分け、現場に操縦を任せるというものです。

 本来はこの2つの方法を上手く組み合わせるべきなのですが、その際に政府がやるべきことと、現場の長に任せるべきことが、きちんと整理されていなければなりません。しかし今は、その役割分担を明確にせず、政府と地方というドライバーが2人同時に運転席に座って、それぞれが勝手にアクセルとブレーキを操作している。だから、国家の動かし方がチグハグになっているんです。

 たとえばテレビ局の場合、放送局の経営陣が自ら各番組の脚本を書いて、キャスティングを担当して、フロアで現場の仕切りをやって……ということはしませんよね。経営陣が一つひとつの番組を仕切り出したら、全体がグチャグチャになりますよ。

 経営陣に求められる役割は、社としての大きな戦略を示し、予算をきちんと確保するということです。あとはプロデューサーなり現場のスタッフたちを「思い切ってやれ!」と鼓舞する。これが組織の正しい動かし方じゃないでしょうか。

知事にアクセルとブレーキを

 感染症対応における国家の動かし方も同じです。今は政府が帰省など、地方のあらゆる問題に口出しをしている。新型コロナ対策担当大臣の西村康稔さんは連日のように会見を開いて一生懸命ですが、何から何まで抱え込もうとしすぎではないでしょうか。そういうやり方は仕事が一杯一杯になり、自ずと破綻しますよ。

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西村氏

 そもそも、感染症の対応の基本は、ワクチンや特効薬が完成するまでの間、感染者数の増減を見ながら社会経済活動を調整することです。つまり、ある程度感染者数が増えてきたら社会経済活動を抑制し、感染者の増加が収まってきたら社会経済活動を再開する――その繰り返しです。これを僕は、アクセルとブレーキのコントロールと呼んでいます。

 今年3月から6月にかけては、基本的には政府が、社会経済活動についてのアクセルとブレーキを握っていた。ですが今後は、社会経済活動のアクセルとブレーキについては知事に任せて、地域単位でもっと細やかにおこなっていくべきです。

 政府は現在、国全体の感染状況を見たうえで、「第2波が来ている状況ではない」「医療体制が逼迫しているほどの危険な状態ではない」と発信しています。もちろん、日本全体での重症者数や死者数は、世界各国と比べるとそんなに緊迫した状況にはなっていませんが、地域単位で見ていくと、感染拡大が急激に進んでいる危険なエリアがいくつもある。

 例えば、PCR検査を受けた人に占める陽性者の割合(陽性率)は、日本全体だと7%未満です。ところが7月には、東京の新宿区での陽性率が32.0%、そのうち飲食業では45.9%まで跳ね上がったことがありました。このように全国で平均値をとってしまうと、リスクが見えづらくなってしまいます。

消火活動はピンポイントで

「マクロの視点」しか持たない政府は、各地域の感染源を迅速に見つけ、対処することはできない。全ての地域の状況について把握するのは限度があります。だからこそ、「ミクロの視点」を持つそれぞれの地域の知事に、アクセルとブレーキのコントロールを委ねるべきなのです。

 では、具体的にどうやって感染拡大を食い止めていくか。

 感染症対策の基本は、「火事はボヤのうちに消せ」です。最初はチリチリと小さく燃えている火が、気づいたら大火災になって手が付けられなくなる。でも、ボヤのうちならそこそこの労力で何とかなります。

 例えば、東京の歌舞伎町で感染が拡大していると危険視されはじめたのは、今年6月の頭でした。他にも池袋、大阪のミナミなどの地名が挙がっていましたが、その時点では危険な地域は極めて限定的でした。小さなボヤの段階で消火できなかったために、今、全国に火が広がっているのです。ボヤを発見したら、ただちに感染拡大の恐れのある地域や業種の活動を“ピンポイント”で止めなければなりません。そしてそれは、国がやるよりも、地方自治体がやるほうが遥かに効率がいい。

「自宅が火事になった時にどうするか」を考えてみてください。僕が住んでいる大阪府豊中市で、わざわざ東京の総務省消防庁を呼びますか? 地域の消防団に連絡して、消してもらうほうが断然速いですよね。

知事に“武器”を与えよ

 政府が日本全体の社会経済活動をコントロールしようとすると、どうしても機動力に欠けてしまいます。巨大なタンカーのエンジンをかけるのも、一度動き始めたのを止めるのも、時間がかかる。緊急事態宣言が最たる例です。政府は日本全体というマクロの視点に囚われるので、感染拡大が一部の地域だけだと、なかなか宣言が出せません。そうやって躊躇しているうちに、感染が飛び火してしまいます。だから今後は、地方自治体ごとに、感染リスクの高いエリアや業種に営業停止をかけていく仕組みを作っていく必要がある。

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source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : ニュース 政治 オピニオン