川の流れと人の世は

巻頭随筆

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 私の祖父は農作業をしていて、茅か何かで目を傷付けたあとの手当が悪かったのか、片目を摘出し隻眼の人となった。けれどいつも、遠くを見ていた。たとえば千年の古(いにしえ)を。

 我が家の田畑に沿って南北に流れ下る小川を、平安時代の周防国の国衙(こくが)跡の東の境界だと言い張り、なぜかと問えば、小川が真っ直ぐ南まで下って、直角に曲がっているからだと説明した。

 川は大がかりに人手が加わらなくては、直角になど曲がらないものなんだ。

 拙著「マイマイ新子」の書き出しは、祖父がそう語る場面にした。祖父の味方は孫の私だけだった。

 川は生きもののように、とんでもない力を発揮する。同じく拙著「透光の樹」の六郎杉が、杉らしく真直ぐ空へと伸びなかったのは、手取川の氾濫で、多分若木のころ押し流されたせいだ。押し流され潰され、再び枝を伸ばしたので、幹はのたくってしまった。

 芥川賞を頂いた「光抱く友よ」は、書き出した時から終着点が見えていた。故郷防府の佐波川、堤防の桜並木。散る花びらの中を去っていく友を見送る主人公。花闇の別れの場面を目指して、書きすすめた。

 だから森山直太朗の「さくら」を聞くたび涙が流れる。あれは私の旅立ちの歌。

 桜には川が似合う。いずれも散り去り流れ去るからだろう。涙もきっと同じですね。

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source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : エンタメ 社会 読書