日本を動かすエリートたちの街、東京・霞が関。日々、官公庁を取材する記者たちが官僚の人事情報をどこよりも早くお届けする。
★“菅総理”シフト
安倍晋三首相が辞意を表明し、中央省庁もポスト安倍に向けて動き始めた。見えてくるのは、岸田文雄政調会長が沈み、菅義偉官房長官を最有力と見ているシフトだ。
財務省は菅長官の秘書官を務めた矢野康治主計局長(昭和60年、旧大蔵省入省)が太田充事務次官(58年)の後を継ぎ、来夏の次官昇格が確実視される。菅氏の秘書官経験者では寺岡光博氏(平成3年)が、次官経験者が軒並み経験した企画担当主計官から内閣審議官に就任。再び政権中枢に関わることになる。
かたや岸田氏の義弟、可部哲生氏(昭和60年)は国税庁長官に就任。岸田政権なら次官への横滑りも可能だが、普通に考えれば「上がり」ポストだろう。「ポスト安倍の最有力候補だったら、こんな扱いはしなかっただろう」というのが他省庁の見方だ。
一方、外務省も「菅シフト」が窺える。平成入省組初の局長となった市川恵一北米局長(平成元年、外務省)は菅長官秘書官の任を終えた後、すぐにワシントンへ赴任するはずだったのを、菅氏が「国内で良いポストに」と要請し、本省の総合外交政策局総務課長を経て米国に派遣されたという経緯がある。ワシントンでは昨春の菅長官訪米にあたり、ペンス副大統領との会談を実現する立役者ともなった。
市川氏の後任である河邉賢裕総合外交政策局参事官(3年)も、同じく長官秘書官から総合外交政策局総務課長へ。今夏の人事で米国行きの予定だったが、茂木敏充外相が「使える人材」と高く評価し、国内に留め置いた。
外務省では、長く外相を務めたにもかかわらず、岸田氏の影響力はほとんど聞こえてこない。平成になってからの首相は、閣僚の時に秘書官だった官僚を重用する傾向があり、役所側も「先物買い」で有望な人材を首相候補の秘書官にあててきた。それでも岸田氏の息のかかった官僚の名前が霞が関で浮かばないあたりに、ポスト安倍としての厳しい現実が読み取れる。
★3人の外交キーマン
各国の在京外交団の間で外務省の積極姿勢が話題になっている。茂木外相は8月5日から4日間の日程で英国、12日から4日間の日程でシンガポールとマレーシア、20日から6日間の日程でミャンマーなど4カ国を歴訪した。
ここで注目すべきは、この3回の外相外遊に同行した山田重夫総合外交政策局長(昭和61年)の存在だ。北京とワシントンの駐在経験がある山田氏は国家安全保障局(NSS)内閣審議官時代、トランプ政権の対中政策の立案者でカウンターパートのポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)と信頼関係を築き、本省に戻ってからも関係を維持している。「実はトランプ有利」(外務省関係者)との分析もある中、山田氏の人脈は、秋葉剛男事務次官(57年)からも高い評価を受けている。
2人目のキーマンは前項にも登場した市川北米局長。秋葉総合外交政策局長時代に同局総務課長だった市川氏は秋葉氏の下で「自由で開かれたインド太平洋戦略」の立案を担当。これは中国の「一帯一路構想」に対抗する重要な外交安保戦略だったが、今でも外務省の基本戦略は、日米豪印4カ国の連携強化によって中国に臨むというものだ。
そこで重責を担うのが、3人目のキーマン、駐中国大使に就任予定の垂(たるみ)秀夫前官房長(60年)である。最近のチャイナスクールでも際立った存在である垂氏が、中国共産党の対外連絡部などから「要注意人物」と見られてきたのは有名な話。とりわけ人民解放軍内に有力な情報源を持つだけに、中国側は神経を尖らせ、垂大使の「アグレマン(信任状)」承認を出し渋っていたとされる(11月には正式に着任する見込み)。
安倍首相は辞任するが、外交の継続性の観点からも「3人のキーマン」に課せられた役割は重い。
★エース級を「ホシツ」へ
これまで安倍政権の官邸主導を陰で支えてきたのが、国内担当の官房副長官補室だ。この略称「ホシツ(補室)」に、財務省が今夏の人事で、エース級人材を送り込んでいる。
「ホシツ」は政権の看板政策を実現させるため、各省庁から必要なスタッフを動員。政策立案の進行状況なども統括し、「内政審議室」と呼ばれていた時代に比べ、役割も権限も大きい。副長官補は旧大蔵省の指定席で、安倍政権でも同省出身の古谷一之氏(53年)が約7年間務めてきた。公正取引委員会の委員長に転出する古谷氏の後任に就いたのも、同省出身の藤井健志氏(60年)だ。
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source : 文藝春秋 2020年10月号