アップル創業者が師と仰いだ「破戒僧」の生涯
アップル創業者が師と仰いだ「破戒僧」の生涯「アップル」創業者スティーブ・ジョブズには、生涯を通じて師と仰いだ日本人の僧侶がいた。2011年、ジョブズの葬儀や埋葬も禅宗の様式で行われている。
禅僧、乙川弘文。1938年、新潟生まれ。2002年、5歳の娘とともにスイスで溺死。不慮の死を報されたジョブズはさめざめと泣き続けたという。ジョブズと弘文の交流は広く知られているが、いっぽう、弘文その人が詳らかにされたことはこれまでになかった。本書は、アメリカ在住の著者が7年を費やして世界各地に散らばる関係者や身内を訪ね歩き、魂の軌跡を探る長編ノンフィクション作品だ。弘文の複雑きわまる陰翳を照らしだす、サスペンスフルな展開。私は、最終行の衝撃的な一文に辿り着くまで食い入るようにして読んだ。
毀誉褒貶の激しい僧侶として、弘文はまず登場する。生家は曹洞宗の名門、新潟の定光寺。新潟県立加茂高校から駒沢大学、京都大学大学院に学び、上山した永平寺では将来を嘱望される特別僧堂生だった。67年、曹洞宗から派遣されて渡米、カリフォルニアに住まう。その人格は純粋無垢、天真爛漫、浮世離れしている。他人をあるがまま受け容れる人となりは誰からも慕われ、賢人として畏敬を集めるのだが、いっぽう、僧侶としての存在や人間性に疑義を唱える者もいる。しかし、そのギャップに戸惑うほど、著者は弘文から逃れられなくなってゆく。
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source : 文藝春秋 2020年12月号