脱炭素社会は日本再生のチャンスでもある
<この記事のポイント>
▶︎菅首相は2050年までに温室効果ガスゼロ、カーボンニュートラルゼロを打ち出し、「環境後進国」から脱却しようとしている
▶︎ただ、経済活動とのバランスが非常に難しい。コロナで世界中の都市がロックダウンして2020年の削減率がようやく7%に
▶︎環境やデジタル関連株の人気が高い。マーケットは「環境に配慮しろ」とハッキリ言っている
(左から)川村氏、小林氏、国谷氏
日本は「環境後進国」
国谷 菅義偉首相は所信表明演説で、2050年までに温室効果ガスを全体としてゼロ、カーボンニュートラルにすると宣言しました。カーボンニュートラルとは、工場などから出る実際の排出量と、植物や海洋など自然による吸収量が釣り合った状態のことです。2018年10月、IPCC(気候変動政府間パネル)から「1.5℃特別報告書」が出て以来、気温上昇を1.5℃未満に抑えるという目標が世界の趨勢になっています。そのためには、2050年までの実質ゼロが必要です。
日本は、5年前に決めた2030年の削減目標26%を今年も据え置いたまま国連に提出するなど、脱炭素に後ろ向きな「環境後進国」とみなされていました。今回の宣言でようやくスタートラインに立ったといえるかもしれません。
川村 私の故郷の北海道でも気温が30℃を超えることが珍しくありませんし、ゲリラ豪雨や大規模水害などが身近な危機として頻発するようになり、多くの国民が「これからどうなるのか」と不安を抱えています。そうした中で、菅首相が決断したことはとても大事な、いいことだと思いますね。
小林 この問題は、もう待ったなし。人類が第一次産業革命、第二次産業革命を通じて石油、石炭を燃やしまくった結果、150年前と比べて大気中のCO2濃度は1.5倍になりました。これが地球温暖化につながっているのは間違いない。そうした中で、かねてから環境への取り組みを重視してきたEUだけでなく、今年9月には、中国の習近平国家主席までが「2060年までの実質ゼロ」を宣言しました。ジョー・バイデン氏の大統領就任によってアメリカもいよいよ環境重視に舵を切る。日本はギリギリのタイミングでうまく滑り込んだといえます。
バイデン氏
脱炭素はコロナ対策と同じ
川村 ただ、お二人もわかっていると思いますが、これは相当ハードルの高い目標ですよ。
小林 そうですね。なにより難しいのが経済とのバランスです。いま、三菱ケミカルホールディングスでは国内で年間1100万トンの温室効果ガスを出しています。日本全体の排出量は年間で約12億トンですから、当社一社で国内の約1%を出している計算になる。川村さんのおられた東京電力はおそらく6%ほど。鉄鋼業は全体で14%ぐらい出している。現在のテクノロジーで経済活動を維持する前提に立てば、これだけの量の温室効果ガスが発生してしまうということです。コロナ対策と同じで、経済を止めれば排出量を抑えられますが、それでは社会が成り立ちません。ここからどう転換していくか。
国谷 2050年に目標を達成するためには、毎年7%前後ずつ温室効果ガスを削減しなければならないという試算があります。コロナ禍で世界中の都市がロックダウンしましたが、その結果、2020年は削減率が同じ7%から8%だとの見通しがでています。
小林 飛行機が飛ばなくなり、かなりの産業がリセッション(景気後退)してようやく7~8%の減少。つまり、今後もコロナ禍のような状態を続けて、ようやく今世紀末までに産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えるというパリ協定の目標達成がみえてくるというわけだから、これはただ事じゃない。
国谷 おそらく戦後最大の経済・社会の大トランスフォーメーションが求められていると思います。以前、パリ協定を取りまとめたクリスティアナ・フィゲレスさん(元国連気候変動枠組条約事務局長)にお会いした時、「温暖化対策は肥満対策と同じ」と語っていました。肥満が高血圧や糖尿病に進んでしまうと治療の選択肢は狭まっていく。逆に言えば、対策は早ければ早いほど選択肢は多い。時間との競争は既に始まっていて、あらゆることを今からやっていかなければとても間に合いません。
大量生産、大量消費、大量廃棄が地球に温暖化をもたらしました。食品ロスに関して日本は世界で3番目に多い国で、中国、アメリカに次ぐ。使い捨てプラスチックの1人当たり廃棄量もアメリカに次いで世界第2位。化学繊維を使った衣料品も年間100万トンも捨てている。一度も袖を通さずに捨てられている服も多い。私たち日本人は大量生産、大量消費が行きついた国に生きています。逆に言えば変えられるところは非常に多いはずです。
電源構成をどうするか
川村 まず考えなければならないのは、日本全体の排出量の約4割を占める電力業界のあり方かもしれませんね。私は日立製作所に入社してから火力発電所や原子力発電所の開発にかかわり、今年4月に東電の会長を退くまで長く電力業界を歩んできましたが、つくづく、日本のエネルギーミックス(電源構成)をどうするかは難しい問題だと感じます。
国谷 総発電量の7割を占める石炭や天然ガスなど化石燃料からの脱却を急ぐ必要があります。IPCCの「1.5℃特別報告書」は、2030年までに再生可能エネルギー(太陽光や風力、水力などの温室効果ガスを出さない電力)の比率を48~60%にするシナリオを想定しています。現在、日本は20%。英国の38%、ドイツの42%などと比べて低い水準にとどまっている。
小林 経済同友会でも、2030年までに再エネ比率を40%まで上げる目標を掲げるよう提言していますが、実際には容易なことではないと思います。
国谷 日本国内ではCO2を多く排出する石炭火力発電所の新設計画が十八基も進行中です。カーボンニュートラルに向けた動きとは明らかに整合性がありませんが。
川村 石炭火力発電については、電力各社も新たな取り組みを進めていて、一例を挙げると、私はCCUSと呼ばれる技術に期待しています。これは石炭ガス化複合発電によって発生するCO2を回収・貯留し、本来は大気中に排出されるCO2をメタンやエタノールなど燃料を作り出す用途などに再利用するための技術です。
小林 これから出すCO2を減らすのではなく、出したものを戻す技術ですね。これもやらないと間に合わないでしょうね。
川村 Jパワーと中国電力、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が広島県の大崎上島にある施設でCO2の有効利用に向けた検討を行っていますが、実用化には時間が必要です。
将来的にみれば、温室効果ガスを排出しない水素ガスを燃料とした火力発電がベースになっていくと思いますが、これも実用化されるのはまだ先の話。今後、石炭火力発電を減らしていきながら、新技術が確立するまでの代替電源の問題は、クリアしなければならないハードルの一つです。
化石燃料から脱却せよ
原発は是か非か
国谷 ヨーロッパ各国は再エネ比率を急速に高めています。脱炭素へ向けた化石燃料からの脱却の必要性だけでなく、大幅なコスト低下が再エネを推進しています。
川村 もちろん、再エネ比率を上げることは誰もが賛成なんだけど、日本は再エネ比率を上げようにも、敷地面積当たりで発電できる「エネルギー密度」が低いという問題があります。たとえば風力発電の場合、日本は季節風や台風などによって風向きや強さが安定しないため「風況」が悪い。太陽光で言えば、サハラ砂漠と比べると発電量が2分の1くらいになります。再生可能エネルギーに切り替えなきゃいけませんが、それだけではどうにも足りないのです。
再エネのなかで割合も供給も安定性も高い水力発電にしても、中国や東南アジアとは違い、日本はもう全部開発済みですから。そうなると「国全体」の基幹電源の大部分を再生エネルギーでやるのはきつい。特定の「地域」に限定すれば、蓄電池を上手に組み合わせることで再エネだけでやれる町や地区はあると思いますが……。
国谷 政府は、安定的なエネルギー供給のためには原子力が必要としています。しかし、3・11の原発事故の経験があり、また原子力は、いまや最もコストが高い電力です。再エネの進展に比べると将来性の乏しい電力になりつつあるのではないでしょうか。
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source : 文藝春秋 2021年1月号