イーサン・ホーク
ⓒロイター=共同
イーサン・ホークは、スライダー投手を連想させる。それも、高速スライダーで打者を威圧する剛球派ではなく、精緻なコーナーワークを駆使するタイプ。あるいは、ストライクからボールに逃げていく横の変化で打者を仕留めるタイプ。
といっても、魔術的な感じはしない。引き技を凝らして打者を翻弄する印象も与えない。ただ、制球力は抜群だ。球ひとつ分の出し入れで長打をかわし、凡打を誘う。コース取りが巧みできわどい。
言い方が玉虫色になるのは、ホークが玉虫色の役者だからだ。思い出していただきたい。『ガタカ』(1997)、『トレーニング デイ』(2001)、『魂のゆくえ』(2017)――どれも印象のくっきりとした映画だが、正方形のホークや円形のホークはなかなかそこに見つからない。むしろ彼は、菱形や楕円形に見える。意外な場所に隠れたり、真ん中にいても平然と気配を消したりする。
デビューしたてのころは、そうでもなかった。才気やとんがりを感じさせる、鋭敏な若者。ただ、同世代のリヴァー・フェニックスやエドワード・ノートン、あるいはマット・デイモンあたりに比べるとやや線が細く、奇矯で危険なイメージも薄かった。進む方向も見えづらい。
イーサン・ホークは1970年、テキサス州オースティンに生まれ、ニューヨーク周辺で育った。両親は、彼の幼時に離婚した。名前が出はじめたのは『いまを生きる』(1989)からだが、私が身を乗り出したのは『ビフォア・サンライズ/恋人までの距離(デイスタンス)』(1995)だ。
いうまでもないが、ホークはこの映画で初めてリチャード・リンクレイター監督とコンビを組んだ。以後、ふたりは都合8本の作品で協働してきた。〈ビフォア三部作〉はもちろんのこと、『テープ』(2001)や『6才のボクが、大人になるまで。』(2014)など、両者が手を組んで作り上げた映画は、丹念なコーナーワークとニュアンスを感じさせる。
なかんずく、私は〈ビフォア三部作〉を好む。95年の第1作にはじまり、『ビフォア・サンセット』(2004)、『ビフォア・ミッドナイト』(2013)と9年おきに撮られた三部作。主演はいずれもホークとジュリー・デルピーで、彼らはリンクレイターとともに脚本も練り上げた。その呼吸は、波長を合わせつつ、ときおり微妙にずれる。それを体感できるのがこのシリーズの醍醐味だ。
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source : 文藝春秋 2021年1月号