コロナ「ワクチン」は本当に安全か

特集 第二次コロナ戦争

宮坂 昌之 大阪大学名誉教授
ニュース 社会 医療
日本政府は前のめりだが……。免疫学の第一人者が警告

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▶︎現時点であなたなら打つか、と問われれば宮坂氏は「当面は打たない」と言う
▶︎有効性に関する期待感ばかりではなく、ファイザー社のワクチンが承認されるまでの事実経過は日本でもっと報じられてよい
▶︎「コロナにかかるリスク」と「ワクチンで健康被害に遭うリスク」を天秤にかけてから、打つかどうか決めるべき
宮坂昌之氏_トリミング済み 2020年8月号から
 
宮坂氏

異例ずくめのワクチン開発

 英国や米国で新型コロナウイルスのワクチン接種が始まりました。

 日本でも先月、トップバッターとして薬事申請を行った米国のファイザーのワクチンが承認されれば、3月か4月にも第1陣が届く予定です。政府の体制整備は、急ピッチで進められているようです。

 先日、菅義偉首相と官邸で昼食をご一緒する機会があり、首相から熱心なご質問がありました。

 首相が強い関心をお持ちになるのは無理もありません。

 パニックに近い状態が1年近く続き、かなりの人が精神的に追い詰められている。企業や店舗の営業が制限されて経済的にも困った状態に置かれている人も少なくない。ワクチンは救世主になりうる――そんな期待感を背に、政府はここまで、「前のめり」を辞さずに政策を推し進めてきたように見受けます。

 ワクチンが強力な武器になるのは間違いありません。しかし、それは有効性と安全性が確保されて初めて実現するもので、ワクチン開発の歴史を鑑みると、話はそう簡単に行かない可能性もある。

 詳しくは後述しますが、新しいワクチンは予防効果には目を見張るものがありますが、安全性についてはデータが揃っているとは言いがたいのが実情です。

 本来なら、10年以上をかけて深刻な副反応がないか、出た場合にはどう取り除くのか――じっくりと知見を確立するものです。ところが今回は、開発から1年で実用化という異例ずくめで展開していて、副反応のリスクに見えない部分を抱えつつ、接種を始めざるをえない。

 専門家としては、できるだけ安全なものであってほしい。リスクゼロはありえないとして、どこまでのリスクなら受け入れられるのか。リスク評価をしながら選択すべきなのですが、今回は「買い」の手を挙げないと機を逸するという状況に迫られ、ファイザーに加え、米モデルナ、英アストラゼネカという3社のワクチンを、ともかく計約6700億円で買い付ける契約を結びました。

 しかも困ったことに、健康被害が起きた場合には政府が責任を引き受ける約束までさせられた。これさえあれば東京五輪も実現できる、と考えたかどうかはわかりませんが、米国は受け入れていない条件であることは、確かです。

ワクチンphoto3
 
ファイザー社のワクチン

有効性90%の意味とは

 国民を対象に接種の努力義務を定めた改正予防接種法を審議する国会で意見を求められた際、私は、「(接種の判断は)個人の意思が尊重されるべきだ」と述べました。「リスクが分からないものは受けたくない」と考える人は当然いるし、「義務」を強調すれば、「受けない」という選択をした人に「感染リスクがあるから出社しないで」という同調圧力がかかりかねません。

 現時点であなたなら打つか――そう問われれば、私は、「当面は打たない」と言います。どういうことか、お話ししてみたいと思います。

 米国で承認申請が行われた先行する2つのワクチンの有効性の高さは驚くべきものでした。ファイザーがドイツ企業のビオンテックと開発したワクチンは95%、モデルナは94%。いずれも高い有効性が確認され、米食品医薬品局(FDA)も相次いで緊急使用許可を出しました。

 共通するのはメッセンジャー(m)RNAを使った、初めて実用化された手法です。従来、ワクチンといえば、生きてはいるが病原体の毒を弱めた「生ワクチン」や病原体を殺して使う「不活化ワクチン」が主流。これらを体内に投与し、病原体への免疫反応を誘導するものです。

 これに対し、mRNAワクチンは、ウイルスの表面から何本も突き出ている「棘(スパイク)」の部分のタンパク質の設計図を使います。

 この設計図を体の中に入れることで、われわれの体が読んでスパイクタンパク質を作り、さらに、このスパイクタンパク質に対する免疫反応を誘導する仕組みです。

 新型コロナの遺伝子配列さえわかれば設計図は作れますが、難しいのは「どの程度のmRNAを入れると十分な量のタンパク質が作られるのか」というバランスでした。

 このため免疫学者の間ではワクチンが開発されても、自然感染に比べ弱い反応に止まるのではないか、という懸念がありましたが、結果は、見事にこれを覆すものでした。

「90%の有効性」という表現は、あたかも「100人にワクチンを打つと90人に効く」と受け取られがちですが、違います。母数は「打った人(接種群)」ではなく「打たなかった人(非接種=偽薬〈プラセボ〉群)」。非接種群の発病率を一とした時に、接種群でどれだけ発病率が下がったかを推定するのです。接種群の発病率が0.1に下がれば9割減ったので、有効率90%となる。非接種群で発病した人の90%は接種していたら発病しなかった、ということを意味します。

 接種からの時間経過が短いため今後、数字は変わるかもしれませんが、とはいえ強いワクチンであることは揺るがないと思います。

適切な治験だったのか

 ただ公表の仕方は「グレー」な経過を辿ったと言わざるをえません。

 ワクチンの評価は本来、厳格さが求められます。とりわけ臨床試験の3段階の最後、第三相では医師にも被験者にも、ワクチンと偽薬のどちらを打つか明かさずに行う「二重盲検法」で執り行うのが原則です。

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source : 文藝春秋 2021年2月号

genre : ニュース 社会 医療