「人に迷惑をかけることを恥ずかしいと思わなくていい。そのぶん自分が誰かに頼られた時に応えてあげられればいいんだから」。ドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の監督である信友直子さんは、母の介護と向き合い、こう言えるまでに2年かかったという。
昨年11月には「おかえり お母さん ~その後の『ぼけますから、よろしくお願いします。』~」を放送、映画の「その後」を描いた。信友さんが「医療行為がひとつも出てこない」不思議なドラマ「にじいろカルテ」を通して感じた、コロナ禍のいま伝えたいメッセージとは。(文・信友直子/ドキュメンタリー映画監督)
【選んだニュース】ドラマ「にじいろカルテ」(2月4日、テレビ朝日)
ドラマ「にじいろカルテ」に癒されている。ヒロインが医者と聞くと、同じ枠で放送された「ドクターX」のような、スーパードクターが瀕死の患者を救う筋立てを想像するが、そこは「ひよっこ」「ちゅらさん」の名手・岡田惠和の脚本。医者がひとりの弱い人間として描かれ、逆に患者に救われることの方が多い。特に私が秀逸だと思った第3話は、医療行為がひとつも出てこない不思議な回だった。医療の代わりに病を癒すのが「寄り添い共感してくれる仲間」の存在なのだ。
安達祐実がまだら認知症の設定で、「私は誰なんでしょうか?」と泣きじゃくるのだが、彼女の心を落ち着かせ笑顔を取り戻させるのは、医者ではなく幼なじみの女友達二人。その二人の姿勢がすばらしい。「あなたが覚えていなくても、私たちがあなたを覚えているから大丈夫。あなたはとても愛されてきたし、私たちの誇りだから」そして小さい頃からの彼女の歩みを丁寧に教えてくれる。「とても素敵な人生だから知ってほしいの」
これは認知症の人が一番安心する接し方だ。私も試行錯誤の末に、そこにたどり着いた。「お母さんが覚えとらんでも、直子が覚えとるけん大丈夫よ」私がそう言うと、それまで取り乱していた母は「ほうね。それならええかね」と笑顔になった。家族のアルバムをめくってあれこれ思い出話をすると、母は自分では覚えていなくても嬉しそうに聞き入った。いまだ治療薬の見つかっていない認知症の分野では、その人の人生を尊び、その人に寄り添うことが一番の「薬」なのだ。
そしてこのドラマにはもうひとつ、私が母の認知症とつき合ううち身をもって学んだ、大切なテーマが通底している。それは「おたがいさま」の気持ち。
「人に迷惑をかけることを恥ずかしいと思わなくていい。そのぶん自分が誰かに頼られた時に応えてあげられればいいんだから」私はこれを言えるようになるまでに2年かかった。
母が認知症と診断されてから2年間、我が家は介護保険制度を利用できなかった。父が「人に迷惑をかけとうない」と言い張ったからだ。しかし、家族だけで介護を抱え込むのは無理があった。幸い限界が来る前に介護サービスにつながることができ、ひと息ついて初めて、もう長いこと父からも母からも笑顔が消えていたことに気づいた。私を含め家族全員が疲弊しきっていたのだ。
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source : 文藝春秋 2021年4月号