「死亡ひき逃げ」ベトナム元技能実習生の告白

追い詰められる不法滞在者の犯罪

安田 峰俊 紀実作家。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
ニュース 社会
無免許で無保険のクルマ、そして大事故……なぜ彼らはそんなリスクを冒すのか?

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▶︎昨年12月に茨城県で起きた交通事故。逮捕されたベトナム人不法滞在者ジエウは、無保険かつ車検切れ状態の車両を無免許で運転し、死亡ひき逃げ事件を起こした
▶︎近年、技能実習生や就労目的の留学生を中心に在日ベトナム人の人数は急増し、2020年6月末時点の統計では、在日韓国人の総数にほぼ匹敵する42万415人に達した
▶︎牛久署に勾留中のジエウに接見を申し込んだところ、応じてもらえた
安田峰俊
 
安田氏

衝突したミニバンが跳ね飛んだ先に

 2020年12月19日午後5時過ぎ、茨城県古河市東山田の天候は晴れ。郊外に自宅兼事務所を構える建築士のK氏(55)は、長年の日課であるジョギングをしながら、交差点に差し掛かろうとしていた。

 本来なら、やや西の県道17号線の歩道がK氏のトレーニングコースだ。しかし、この日の午後は最大瞬間風速11メートルのやや強い西風が吹いており、気温も一桁台である。田んぼのなかの県道を走るのは大変だ。ゆえに彼は、風の影響を受けにくい住宅街に向かったとみられた。しかし、結果的にこの判断がK氏の運命を暗転させた。

「側道からミニバンが、一時停止も左右確認もなく市道に突っ込んできた。結果、走っていた車と出会い頭に衝突した。そして、ミニバンが跳ね飛んだ先にKさんがいたんです」

 事故が起きた交差点のそばでヘアサロンを営む理容師の男性(55)は、当時の状況をそう話す。

 彼は被害者のK氏と「在学中の付き合いはなかった」ものの、中学校の同級生だった。K氏はかつて陸上部に所属するアスリートであり、ゆえに卒業から約40年を経てもジョギングを続けていたようだ。

 だが、男性がそんな同級生の近況を知る契機となったのは、店の前で起きた悲惨な事故だった。同じく現場を目撃した彼の妻は言う。

「物音を聞いて、様子を見るため近所の住民が家から飛び出してきました。ただ、ミニバンに衝突した車両を運転していた女性には『大丈夫ですか』と声を掛けにいったものの、倒れているKさんには誰も近寄れなかった。仰向けのまま微動もせず、一目でもうだめだという感じで……」

古河、事故現場。K氏は左奥のブロック塀と車両に挟まれて死亡した
 
古河の事故現場。K氏は左奥のブロック塀と車両に挟まれて死亡した

無免許・無保険・不法滞在

 古河署によれば、市道を走行していたほうの車の運転者は、近所に住むパート従業員の46歳の女性。さいわいほぼ無傷で済んだ。

 しかし、衝突直後のミニバンがいきなり飛んできた歩行者のK氏は、もはや回避のしようがなかった。彼の背後には運悪くブロック塀があり、車体と塀に頭を挟まれる形となる。K氏は病院に搬送されたものの、脳挫傷により「ほぼ即死」(捜査関係者)の状態だった。

「事故を起こしたのは、車検が切れている古いセレナ。その後の捜査で、別の車のナンバーが違法に貼り付けられていたことが判明した。また、ドライバーは事故の後、被害者を救助せず車両を遺留してその場から逃走した」(捜査関係者)

 もっとも逃げ出した容疑者は、現場から約35キロ離れた茨城県つくばみらい市で、翌朝すぐに見つかっている。茨城県警が市内のベトナム人技能実習生の住居を捜索した際、ベトナム国籍で無職のチャン・ティ・ホン・ジエウ(30)が潜伏しているのを発見。自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反(救護義務違反)容疑で逮捕したのだ。

チャンティホンジウ容疑者(友人のフェイスブックページより)
 
チャン・ティ・ホン・ジエウ容疑者(友人のフェイスブックより)

 ジエウは5年前に技能実習生として来日し、当初は岡山県内の水産会社に勤務していたものの、2016年4月に逃亡。事故時点では不法滞在者だった。彼女はなんと、無保険かつ車検切れ状態の車両を無免許で運転し、死亡ひき逃げ事件を起こしたことになる。

 ベトナム国内での彼女の運転歴は不明だが、側道から一時停止を無視して優先道路に飛び出し、横断を図った行動からして、基本的な交通ルールすらまともに理解しないまま異国で自動車を乗り回していた可能性が高い。

「現場は見通しの悪い交差点だが、スピードを出すような道路ではない。本来、それほど事故が起きやすい場所ではなく、近年は死亡事故が起きた例もない」

 捜査関係者は話す。私が事故現場に赴いてみたところ、見通しもそれほど悪くはなさそうだ。周辺には小学校や大きな児童公園があり、子連れの家族が数多く路上を歩いている閑静な住宅街であった。

 死亡事故とは無縁――。というより、他の場所にも増して事故が起きてはならない場所だ。しかし、仮にジエウがもうすこし早い時間に現場に差し掛かっていれば、児童公園に向かう親子にミニバンが突っ込んでいたかもしれない。

 K氏はそうした場所で犠牲となった。彼は手掛けた作品がグッドデザイン賞を複数回受賞し、専門学校の講師も務めるなど優秀な建築士として名が知られていた。K氏の事務所に店舗のデザインを頼んだ経験を持つ、茨城県筑西市の飲食店経営者(42)は話す。

「Kさんは独自の世界観を持つアイディアマンで、特に古民家の再生・保存の分野では第一人者と言っていい人物でした。さらに活躍できる方だったのに、残念でなりません」

 事故現場を観察したところ、K氏が車両との間に挟まれたブロック塀は、衝突の衝撃からかひび割れていた。事故から1ヶ月半を経てもなお、塀の近くにはヘッドライトの破片が散らばっている。悲劇の傷跡はいまだに生々しい。

K氏が設計した飲食店。ハイレベルなデザインセンスには定評があった
 
K氏が設計した飲食店。ハイレベルなデザインセンスには定評があった

約1万5000人の不法滞在者

「ついに恐れていた事態が起きました……」

 私が古河市の事件について知った契機は、友人のチー(24)から送られてきた、そんなLINEの一言である。彼はベトナム難民の2世で、日本で生まれ育っている。

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source : 文藝春秋 2021年4月号

genre : ニュース 社会