news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは『心淋し川』で第164回直木賞を受賞した作家の西條奈加さんです。
西條さんが作家になった経緯、そして受賞作で描きたかったこととは——。
西條さん(左)と有働キャスター
有働 このたびは直木賞の受賞、おめでとうございます。こういう言い方は失礼かもしれないですが、受賞会見を興味深く拝見しました。「よっしゃ、バンザイ」というより「受賞しちゃったな」みたいな感じで(笑)。
西條 まさにそのとおりです。完全に油断していたんです。
有働 油断、ですか。
西條 はい。初めてのノミネートだったのでまさか受賞はないだろうという油断がまず一つ。あと、その時点で抱えている連載などの執筆作業がものすごく遅れていたんです。なので「どうしよう、まずい」と。
有働 まずいというと?
西條 受賞すると取材やエッセイなどの依頼が殺到してしばらく仕事にならないと聞いていたものですから、「どうしよう、これ以上締め切りを延ばせない」ということに頭が行ってしまいまして。あともう一つは、やっぱり重責が半端なかった。作家は普段、晴れがましい席とはほとんど無縁ですので、あの広い会見場に行って、「これからは直木賞作家と呼ばれるんだな」とか考えていたらプレッシャーが大きくなってしまって、嬉しいという感覚に追いつかなかったんですね。
有働 なんと謙虚な! 確かに直木賞作家が次に何を書くか、期待されますもんね。
西條 受賞の報を聞いてからずっと「どうしよう、どうしよう」ばかりが頭の中でグルグルしていて、他のことが考えられない状態でした。
授賞式にて、芥川賞を受賞した宇佐見りんさんと
幸不幸の量は変わらない
有働 それでも会見後は、編集者さんやご友人の方々と、さぞかし盛り上がったのではないですか。
西條 それがコロナ禍で、祝杯をあげることもできなかったんです。
有働 そうかあ、残念!
西條 受賞会見を終えて、用意してもらったハイヤーに乗り込んだら運転手さんに「ずいぶん早いですね」と言われて、「祝杯もなく帰るので」と答えたら「えー?」って驚かれたんですけれども。そのまま家に帰って普通にご飯食べて、普通にテレビを見ていたので、感激に浸る機会を逸した感じはありますね。
有働 何なら一世一代の盛大なパーティーを開いてもいいくらいですもんね。
西條 そうなんです。人に喜んでもらって初めて、嬉しいという感覚は生まれるじゃないですか。それをスルーしちゃった感はありますね。
有働 私はずっと独り者なんですけど、年を取って残念だと思うのは、嬉しいことがあった時なんです。昔は悲しいことがあった時に慰めてくれる人がいないと寂しいなと思っていたんですけど、年を重ねるにつれ、寂しいとか悲しい気持ちは自分でリカバーできる。でもすっごく嬉しい時に家に帰っても、喜びを分かち合う人がいない。結局、一人で飲む、みたいな時がちょっぴり寂しくなるんですが、西條さんは?
西條 非常によくわかります。私もずっと独り者でこの年まで来たので。やっぱり喜びは誰かと分かち合いたいですね。
有働 会見では心境を「今後どうしたらいいか不安もある。人の幸不幸の量は丁度同じくらいだから」とも語っておられましたが、そういう考え方は人生を通してずっと持っていらっしゃるんですか。
西條 昔からそういう感覚はあります。人の幸不幸って他者には量れないじゃないですか、自分だけの感情なので。幸せそうに見えてもそうじゃなかったり、大丈夫かなと思う人が意外と呑気に暮らしていたり。
有働 たしかに。受賞から少し経って、幸せのほうが大きくなってきたりはしないですか。
西條 受賞して「ありがたい」という感覚はものすごくありますが、半端なく忙しくなっちゃって。やっと一段落しましたが、そういうところで幸不幸のバランスは取れていると思います。もちろん作家としては非常に幸運で恵まれているとは思いますけれども、それで直ちに幸せになるかといえば、そうではない。私は会社員を20年ほどやっていましたが、その時と今の自分と、どちらが幸せかといったらイーブンなんですね、完全に。
有働 えー、そうなんですか!?
西條 作家は私の夢でしたから、叶ったことは非常にラッキーで嬉しくはあるんですけれども、やっぱりどんな職業も一長一短ありますし、そういう意味ではイーブンだなと。
もう一度職業を選ぶなら
有働 外から見ると、西條さんは幅広いジャンルを書かれ、いくつも賞を獲られている。そのうえ直木賞という最高峰の賞も獲られた。今のほうが、会社員時代より幸せなんじゃないかと思いますけど……。
西條 いえいえ、同じです。会社員だと周りに絶えず人がいて、人との付き合いもあり協力も得られますし、ちゃんと生活感がある。逆に作家になってからは、ずーっと家にこもって書いているだけですから。自分でもビックリするほどの地味さ加減なんですよ。華やかな席って一生に数回しかなくて、日頃はほぼ誰とも会わないですし。そう考えると幸不幸はやっぱりプラスマイナスゼロなんだなっていう感じはあります。
有働 なるほど。会社員は会社員で、「今日はおいしいランチにみんなで行こう」とか「飲み会楽しかったね」とかありますもんね。
西條 そうなんです。そういうのがすごく減って、洋服も化粧品も買わなくなる生活なので。会社員だった頃のほうがうんと華やかでした。
有働 じゃあ、生まれ直して、職業を一つしか選べないとしたらどちらを選びますか。
西條 うー、難しいですね。
有働 難しいと思うくらい悩まれますか。
西條 はい。私は40歳で作家になったので遅い方ですけれども、それでちょうどいい感があるので。
有働 作家って憧れの職業ですし、それこそ西條さんは小学生の時からの夢を叶えていらっしゃるので羨ましい限りですが、「地味」以外はどういう点がデメリットですか。
西條 休んだら誰も代わりに仕事してくれないところですね。遅れたら全部自分でカバーしないといけないので、フリーのくせに長期の休みが取れない。会社員だった頃は1週間や10日まとめて休みを取って、海外でもすぐ行っていたんですけど。
有働 今は3、4年先までお仕事が埋まっていらっしゃるそうで。
西條 はい。予約みたいな形で。直木賞をいただいたとき「これ以上忙しくなったらどうしよう、もう限界~」という思いもありました。
有働 嬉しい悲鳴でいいんですかね、それは。
西條 そうですね、けど16年やっているので1年くらい休暇を取りたいなという本音もあります。編集者に何回か打診してみたんですけど、「なに言ってんだコイツ」みたいな顔で軽くいなされました(笑)。
着想は『源氏物語』
有働 受賞作の『心淋(うらさび)し川』は、6つの物語からなる連作集で、江戸の外れで家族にも話せないような心(うら)をもつ人たちの人生模様が描かれています。結婚で家のしがらみから逃れることを夢見る少女や、血縁のない家族、息子に依存する毒親といった人物が出てきますが、こうした人物たちを描こうと思われたのはなぜですか。
西條 私も絶対人に見せたくないところはあるし、皆さん多かれ少なかれ、何かしらのしがらみを持っているんじゃないかなと。だからこそ誰にでも理解し得る感覚ですし、普遍的なテーマだと考えたんです。
有働 2編目の「閨仏(ねやぼとけ)」は、町の人に“六兵衛旦那の、ろくでなし長屋”と呼ばれるところに、22歳から30歳過ぎの4人のお妾さん、それもおかめばかりが暮らしているという設定です。まっすぐな気性で皆の世話を焼く女もいれば、若い妾に嫉妬する女や、抜け目ない女もいて、なんというか、大体の女がここに揃っていて(笑)。そのバランスの取り方も「うまい!」と思ったんですが、この設定はどのように浮かんだんですか。
西條 着想は『源氏物語』に得たと思います。光源氏は通い婚が一般的だった平安時代に、4人の女性を同じ屋敷に一緒に住まわせたというのが頭に残っていたんです。「閨仏」の4人をおかめにした理由は特にないのですが、美人のお妾さんだと、少なくとも私には遠い存在な気がする。おかめは愛嬌がありますし、身近に感じてもらえればとこの設定になったんだと思います。
有働 確かに美人が4人だったら、どうなるんだろう。
西條 後宮小説みたいに妍(けん)を競ってドロドロしそうじゃないですか。それは違うなと。なるべく庶民的にしたかったんだと思います。
有働 見目麗しく育たなかったことで自分にも覚えがあるんですけど、どこか諦めている感じの4人で、ものすごく親しみやすい。「気持ちわかる、わかる」と思ったんです。
西條 会社でも若い人が入ってきて、上の人がお局さまみたいに扱われるようになるとか、そういうのも感覚としてはあるかもしれませんね。どこにでもありそうな人間関係を出したかったんですね、きっと。
有働 そうか、そういうことか。あと「閨仏」には張形という小道具が登場しまして、主人公がそれに心の宿った彫り物をしますよね。私、以前何かの小噺を読んだときに、張形って何かわからず読み飛ばしていたんです。今回「あ、わかった!」と(笑)。単に木に彫り物をする設定でもよかったのに、なぜ張形に?
西條 小説家の佐江衆一さんの『江戸職人綺譚』という短編集に、江戸時代のいろんな職人が一編ずつ出てくるんですが、その中に張形師というのが登場するんです。「こういう仕事があったのか」と強烈に印象に残っていて、そこから、張形に仏様を彫ったらどうだろうと思いついたネタでした。
有働 すみません、基本的な知識がないのですが、張形に仏を彫るのは不遜ではない?
西條 多分不遜だと思います(笑)。それでも、こんな人がいてもおかしくないかなと思って、いつかこのネタを使おうとだいぶ前から温めていてやっと使えました。
有働 ああ。もう、おかめばかりで、張形で、仏まで。後から考えたら絶妙なものが揃っているんですけど、読んでいる最中は、「おー、張形と来たか」(笑)。
西條 (笑)。本当はラストを別の形にするつもりだったんですが、書いているうちに、なんとなく今の収まりになりました。
「下」に目が向く理由
有働 西條さんが描かれるのは大名などの権力ある人でなく、立場の弱い人、でも何らかの道を探して生きていこうとする人が多いですよね。そういう人びとを書かれるのはなぜですか。
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source : 文藝春秋 2021年4月号