news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、著書『在宅ひとり死のススメ』が話題の社会学者・上野千鶴子さんです。
上野さん(左)と有働キャスター
次の目標は「要介護老人」になることです
有働 新刊の『在宅ひとり死のススメ』を読んで、本当に安心しました。私はずっと独り身で、50を過ぎた今は「なんで結婚したかったんだっけ」と思うくらいですが(笑)、人生の最期にひとりでいることはどうしても不安があったので、この本で具体的に「介護保険をどう使うか」とか「確かにこうやって家で死ねればベストだ」とわかって、ものすごく楽になりました。
上野 そう言っていただけて嬉しいです。これは、おひとりさまの福音書です(笑)。
有働 思わず赤線を引いたのが、死ぬときは脳内麻薬のエンドルフィンが出るから辛くないということ。最期にこのマンションでひとり「誰もいない」と泣くのかと思ったら、気持ちいいんだ、よかった~と(笑)。この本の中で、上野さんは家でひとりで死ぬ=孤独死という従来のネガティブなイメージではなく「在宅ひとり死」と名付けてポジティブに捉えなおそうと提案しています。私はもともと施設信者だったので、施設に入るために貯金しなきゃと思っていましたが、必ずしもそれだけが答えじゃないと思い直しました。
認知症でも出来る?
上野 有働さんくらいの年齢で「老後が不安になってきたから婚活しようかしら」という人に必ず言うのはね、「今からそんなことしたら介護負担が増えるだけよ」ということ(笑)。それに有働さんのおっしゃる施設は高級老人ホームでしょう? 高級老人ホームは初期費用が何千万とかかります。それだけあったら在宅で好きなだけ自費サービスを使えますよ。使い切れないです。
有働 はい。でも、周囲に迷惑をかけないように貯めないと、と思っていました。ひとりでも家で最期を迎えられたら理想だなと思う一方、些末な不安がまだあって。伺っていいですか?
上野 はい、どうぞ。
有働 本では認知症になっても「在宅ひとり死」ができると書かれていますが、もし自分が認知症になって火の元を消し忘れたらとか、思ってもいないヒドイことを言ったり、徘徊したりして隣近所に迷惑をおかけしないか……と。
上野 今おっしゃったことは介護現場でノウハウが積み重なっていますので全部お答えできます。まず、火の元はオール電化になされば。
有働 ああ、なるほど。
上野 私は今のマンションに引っ越す時に、元々がガスだったのをIHに変えました。オーバーヒートしたら自動的に消えます。それから本にも書きましたが、一般的に暴言や暴行といわれる周辺症状は、独居の方は出にくく、穏やかに暮らしておられるケースが割合多いんです。症状が出る引き金となる人が周囲にいないので(笑)。周辺症状が出るのはむしろ同居家族のいる方。それから施設入居。後者の場合は、家族が本人の理解を得ないままだまし討ちのように連れていくケースも多く、それが原因で暴言暴行がでることもあります。つまり「帰りたい」という必死の訴えなんですよ。そして、最後の徘徊ですが、心配ならGPSを着けておけばいいんです。そのうち体内埋め込み型もできるでしょう。
有働 そうか。ひとりでも人やシステムを頼って何とかできる時代になってきたのですね。
上野 はい。今度の本で言いたかったことの一つは、介護保険のこの20年間の現場の経験の蓄積が素晴らしいということです。独居の在宅看取りはもう課題でさえありません。すでにできますから。で、次の課題が独居の認知症在宅看取りです。こちらも事例が積み重なってきています。
自助ファーストの政権
有働 なるほど。でも、蓄えがあればいいですが、今、蓄えがない女性が夫と離婚しておひとりさまを快適に生きられるかというと、それは難しいのかなとも思います。
上野 この本の前提になっているのは高齢者の購買力を支える年金です。高齢者を支える3つの国民保険は、年金保険、健康保険、介護保険の3点セットで、その前提は働き続けて保険料を納めることなので、年金の支えがない人は不安ですよね。私はちょうど団塊世代ですが、有働さんは団塊世代と団塊ジュニアの間くらい?
有働 そうですね。1969年生まれなので。
上野 私の本を読んで最も反発するのは団塊ジュニアなんです。
有働 なぜでしょう。
上野 団塊ジュニアのアラフォーから「これは団塊世代のリッチなおひとりさまには当てはまるけど、私たち団塊ジュニアの老後はどうなるんですか」と聞かれます。それで、私はどう答えると思います?
有働 いやー(腕組みしながら)、どう答えるのか伺いたいです。
上野 「不安なら、老後を考えて政治的に動きなさい」と答えています。氷河期世代の団塊ジュニアは非正規雇用も多く、不安を抱えていると思います。団塊世代は日本にたくさん迷惑をかけましたけど、一つだけ良いことをしました。介護保険を作ったことです。これは団塊世代の遺産ですからね。だけど残念ながら、団塊ジュニア世代は一番政治離れしています。
有働 なぜですか?
上野 団塊ジュニアの人たちと話してきて感じるのは、学生運動をした団塊世代を親に持って「こんなバカげたことはしないほうがいい」と学習した、政治シニシズムを内面化した世代ということです。他方で、その政治シニシズムを身に着けなかった新しい世代が登場してきました。今の20~30代ですね。
有働 新しい世代に解決を託すしかないのでしょうか?
上野 そんな悲しいことを言わないでください。50代はまだまだ責任がありますからね。自助ファーストの政権を見張っていてください。コロナが来なかったら介護報酬を引き下げたり、ケアプラン(介護サービス計画書)を有料化したりしていたでしょう。その先に待ち受けるのは、ケアを家族に押し戻すこと、「再家族化」と言います。もう一つは、貯めこんだ金を使え、という「市場化」です。自費サービスを使える人と使えない人とで、老後格差がはっきり出てしまう。これは避けなければなりません。
『あさイチ』で感じた変化
有働 上野さんはずっと「おひとりさまの老後」を書かれてきて、シリーズは累計111万部を超えたとか。なぜこれだけ受けていると思いますか?
上野 私のようなおひとりさまだけを対象にしたらこんなに読まれるわけがないので、既婚者の方がいずれおひとりさまになったときの心構えとして読んでおられると感じています。既婚者のマーケットの方がはるかに大きいのでね。それ以外の要因は何でしょう? 教えてほしいな、有働さんの解釈を。
有働 高齢者でも若い女性でも、昔のように「一人で生きてやるわ」と肩肘張る感じじゃなくて、「一人で生きていてもいいんじゃない?」という価値観が市民権を得てきたのかなと。
上野 さすが、いいところを突いてくださいました。私が『おひとりさまの老後』(2007年)を書いた頃は、世間の見方は「おひとりさま、おかわいそうに」でした。だから自分に後悔がなくても自虐パフォーマンスをしなきゃいけないような空気があったわけです。それがだんだんなくなってきたと有働さんも感じておられる?
有働 はい。『あさイチ』を担当した2010年から2018年の間も、3年ごとくらいに視聴者の受け取り方が変わっていくのを感じました。
上野 3年ってすごいスピードですね。それはどんな変化?
有働 視聴者からいただくファックス等なのでそれがすべてではないと思いますが、番組開始当初は、シングルでニューヨーク特派員もしてということで「情報番組向きじゃない、報道に帰れ」という声が女性から届いたこともあります。
上野 『あさイチ』のような、主婦が見る午前中の番組のメインキャスターにおひとりさま女性が就いたら、その属性だけで反発も受けるでしょうね。
有働 視聴者に「私たちのことをわかってくれるような出産・子育てしている人に発言してほしい」という思いがあるのかなと思って、計算していたわけではないですが、自虐しながらやっていた時期もありました。でも3年くらい経って視聴者も慣れてきたのか、社会問題を扱う時に、私が働く女性として発言しても、批判はほとんどなくなり、一つの意見として受け入れてもらえるようになった気がしました
40代で経験した不妊治療
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source : 文藝春秋 2021年5月号