将棋短歌

巻頭随筆

先崎 学 棋士
エンタメ 社会

 なにかできないかな、と思った。今年のお正月過ぎのことである。東京はコロナ患者の急増で緊急事態宣言の再発令が決っており、暗いムードにつつまれていた。

 別に面倒なことをしなくてもよいのだが、おりからの将棋ブームで、ファンは情報を欲している。対局以外の活動はほぼ止っている。棋士としてできることは……SNSでできることは……。私が女流アイドル棋士のように、ニッコリ笑ったり、作った料理の写真を発信したりしても仕方がない。私の武器はやはりことばだ。ことばを使って、さて何をしよう――。

 長風呂をしながら私は考えた。我が家の風呂にはちいさな本棚がある。読んでいる最中にお湯のなかに本をよく落として妻に怒られるのだが、それはさておき、そこに「万葉集」が置いてあったのである。即座に私はひらめいた。そうだ、短歌だ!

 断っておくが、私は歌心ゼロ、俳句を含めて歌というものは50年の人生で1回も作ったことがない。だが、直感的に31文字が、やりがいがあると感じた。

 かくして「先崎歌壇笑」は世に出たのだった。笑とつけたのは、さすがに恥ずかしかったからである。

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source : 文藝春秋 2021年5月号

genre : エンタメ 社会