新しい価値を生まない店はもう生き残れない。
横川氏
国は言い訳ばかり
外食業は、皆さんが思っている以上に薄利な業界です。普段から店舗の賃料や人件費がちょっと上がるだけで頭を悩ませているのに、そこにコロナが来て、緊急事態宣言だ、時短営業だと様々な制約を課されたら、店を潰せと言われているようなものです。
そもそも、初期対応を間違えたのは政府でした。まず、中国からの入国規制が遅かった。続くダイヤモンド・プリンセス号の対応も誤った。
ワクチンだって、準備をしていなかったために足りないと大騒ぎしてカラ注文をしたら余ってしまった。台湾に無償提供すると言っていますが、あれは政府のミステイクですよ。会社だったらつぶれています。
国は言い訳ばかりです。政府がやるべきことをやっていないのに、飲食店は時短営業しろ、休業しろと言われたら、普通の経営者は怒りますよ。
グローバルダイニングが東京都からの時短命令に応じず、都を提訴したことや、サイゼリヤの決算発表で社長が「ふざけんなよ」と発言したのも、店が潰れるかもしれない危機にさらされて、そうするしかなかったというのが実情だと思います。外食関係の経営者は、彼らの言動を見て胸がすく思いをしています。
日本初のファミリーレストラン「すかいらーく」を創業した横川4兄弟の三男である竟氏は外食界の生き字引だ。「ジョナサン」では、レストランチェーンとして日本で初めて有機野菜を取り入れ、「ガスト」は低価格戦略で成功を収めるなど、時代に先駆けたムーブメントを次々に起こしてきた。
2013年、75歳で創業した「高倉町珈琲」は、コロナ下にも新規8カ所の出店をし、全国34店舗のカフェチェーンに育った。83歳となる今も、新しい店舗やサービスを聞きつけると、自らの舌で確かめずにはいられない。
コロナで外食業はボロボロです。JF(日本フードサービス協会)の幹部によれば、昨年度の大手レストランの閉店は1200店を超えました。コロナ前の2019年に26兆円あった外食産業の市場規模は、2020年には、20兆円を割り込むかもしれないという深刻な状況です。
政府は現場を知らない
日本の外食業界にかかわる従業員数は468万人、そのうちおよそ9割がパートタイマーとアルバイトです。現在は雇用調整助成金で、休業中も給料の8割が保障されているのでまだ持ちこたえていますが、いつまで特例措置が続くか分かりません。これからじわじわと生活が苦しくなっていくでしょう。市場規模が2割超失われるということは、それだけの人々が職を失うということです。その数は何十万という単位になる可能性があります。
一方で、個人店では「一時金バブル」とも言える状況が起こっています。時短営業協力金は、大手チェーンも個人店もその規模に関わらず、毎日一律6万円が支払われています。持続化給付金も前年同月比の売上が半減した月のある個人事業者に対して最大100万円、中小の法人等には最大200万円が支払われました。
これらの一時金は、多くの従業員を抱える大手チェーンにとっては雀の涙ですが、1日数万円しか売り上げがない個人の店にとっては「ボーナス」です。僕の知人にも、そのお金で海外旅行に行ったり、北海道で1カ月間ゴルフをやったりして遊んでいた人がいますよ。店舗の家賃が仮に月10万円としても、協力金が月180万円入れば、1年で高級車が買えてしまう。中には「この状況が続いたら嬉しい」とすっかり味をしめている人もいます。
しかし、一時金を使って遊んでいる人が悪いのではありません。決めた方が悪いのです。外食の現場を見ずに、そんなバカげたものを決めてしまう政府の知識のなさ、いい加減さ。これはきちっと指摘するべきだと思います。
東京都との攻防
私は2013年に、高倉町珈琲の第1号店を八王子市高倉町にオープンしました。目指したのは「会社や家で嫌なことがあっても忘れられる居心地のいい場所」です。
僕自身、会社でも家でもない場所が欲しくなる時があります。会社にいると、何かと問題がおきますね。それで疲れて家に帰ると、今度は家族から自分や子どものことをなんやかや言われるでしょう。そういうとき、僕は理由をつけて庭へ行っちゃう(笑)。みんなそうなんじゃないかと思うんです。そういう人に「疲れたらいらっしゃい」と声をかけられるような、心が休まる場所を作ろうと思ったのです。
店は、天井を高くしたり、椅子と椅子の間隔を1メートルぐらいあけたりして、お客さんにくつろいでいただける空間にしました。空気の入れ替えも1時間に6回。調理場に大型の換気設備を入れ、まずブワーッと空気を抜く。そうすると自然に新しい空気が入ってくる仕組みです。
だから冬の厨房は寒くて従業員は凍えちゃう。しかし、お客様のためにとこだわった店づくりが、コロナの時代には合っていたのかもしれません。客数は一番悪いときで6割減まで落ち込みましたが、それ以降は3割減程度に食い止め、なんとか踏みとどまっている状況です。
高倉町珈琲の店舗にも都の職員が感染症対策ができているかチェックにやってきました。その時に揉めたのは、対面用のプラスチックの仕切り板を置くようにとの指導でした。そもそも置かなくていいと各店長に指示したのは私です。あんな仕切りが目の前にあったら、食事する気にならない。そもそも、お客さんの多くは家族、友達、そして恋人。対面で仕切り板が必要な人とは、来店を控えたほうがいい。
各店舗にはプラスチック板を5枚ほど用意していましたし、お客様から要望があった場合や、2人用のテーブルが3つ続く席など、お客様のグループごとの仕切り用としては使っていました。
ところが、東京都の職員は「それでは協力金を出せません」と言う。こちらも折れずに「それならば時短営業を守れません」と伝えました。だって、時短営業を要請しておいて、条件を付けるとは、「結婚して」と言っておいて条件を付けてくる相手と同じじゃないですか。そんなの認められないですよ。
もちろん、私たちは一時金をいただいて、資金繰りも助かっています。ですから、協力できることは協力してきました。しかし、私たちはお客様や社員と互いに信頼しあい、合意して一つ一つのことを決めてきました。感染症対策は、他店以上に自発的にやってきた自負もある。そうした取り組みを知らず、上から目線で、一方的な要請をしてくるのはおかしいと思うのです。
僕は全店の店長に「東京都と戦う」と伝えました。理にかなわないことを言ってくるならば、政治家だろうが保健所だろうが全て拒否していいと。
そうしたら今度は、虹のマークの「感染防止徹底宣言ステッカー」を渡せないと言ってきた。でも、パソコンで簡単に印刷できるものを付けたからといってお客さんが来てくれるわけじゃない。私は「要らない」と突っぱねようと思いましたが、現場の店長たちがお客様のことを考えた末に、ステッカーを取得したほうがいいと言ってきた。お客様が「お宅はないの?」と不安になる可能性もあるからです。ただ、私自身は納得していません。不潔な店があのステッカーを貼っているのを見ると、あのステッカーにはもうブランド力がないと思います。
ファストフードはなぜ好調?
私はこの10年間、外食企業の客数ランキングを毎月独自に集計し、業界の動向を分析して来ました。この1年の客数の変化を見ると、コロナ禍にも強いチェーン、踏ん張ったチェーン、そして業績が厳しいチェーンの違いがはっきりと見えてきます。
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source : 文藝春秋 2021年8月号