シオノギ社長 国産ワクチンが日本を守る

手代木 功 塩野義製薬社長
ニュース 医療
米国製にはリスクもある。年明けには6000万人分を量産する
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手代木氏

感染症は儲からないが……

 国内でワクチン接種が進む状況を、私は製薬会社の経営者としてただただ悔しい思いで眺めています。

 私たちは感染症に注力してきた大阪道修町の製薬会社です。「感染症といえばシオノギ」と言っていただくことも多い。接種が加速したのはいいニュースですが、ファイザーとモデルナの外国製ワクチンです。国内での感染拡大が収まらないなか、塩野義は1人の患者さんも助けられていない。長年感染症に力を入れてきた会社として役割を果たせず、忸怩たる思いを持っています。

 世界の製薬会社全体で見ても、感染症に予防・診断・治療のフルラインで取り組んでいる会社は、私たちの他に存在しません。実は感染症はぜんぜん儲からないのです。大手製薬会社が次々と撤退するなかで、いわば逃げ遅れてしまったのです。

 2018年、インフルエンザの治療薬として「ゾフルーザ」を発売しましたが、一昨年、昨年と売り上げはほぼゼロでした。自粛生活の影響でインフルエンザの患者さんがいなかったためです。感染症領域の商品は、どんなに良いものを開発しても、流行に左右されるので需要に大きな凸凹がある。これはビジネスにおいては大きなリスクです。

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 さらに、感染症薬の開発には莫大なお金がかかります。例えば、抗ウイルス剤を作るためには、実際に新薬のタネをウイルスに作用させてみて、効く・効かないを判断します。そのため感染症に取り組む製薬会社は、様々な菌やウイルスを保管する「ライブラリー(図書館)」を所有しています。この菌やウイルスが厄介なのは、“生もの”のため、きちんと保管しないと全部死んでしまうことです。このライブラリーの維持費だけでも億単位のお金がかかるので、結果が出ないと、費用だけがかさむ事業になってしまいます。

 このように、ビジネス上のリスクが高い感染症領域は、なかなか他社も手をつけたがらない。それよりも抗がん剤に注力している。ガンの患者さんが突然ゼロになるなんてことはありませんから。

 2004年に私が医薬研究開発本部長に就いた時、会社の将来を考えて、どういう疾患領域を残すべきか、社内で議論をしました。多くのメーカーが生活習慣病やガンの領域にシフトしているなか、私は「感染症の領域を会社の背骨として残す」と決めた。株主からは「なぜ、あえてリスクを取りにいくのか?」と反対されました。反対の意見はごもっともでしたが、日本の中でどの会社も感染症をやらなくなったら、この国は感染症に対して無防備になってしまう。そういった危機感から決断したことでもありました。

 今では、親しい投資家さんからも、「塩野義は逃げ遅れたんだったら、最後まで逃げ遅れろ」と応援していただいています(笑)。

インフルエンザ治療薬でも有名
 
インフルエンザ治療薬でも有名

楽観的な状況ではない

 私は、出身は仙台ですが、すっかり大阪にそまった人間で、ふだんから思ったことをはっきりと言っています。今日は、これまで国産ワクチンの開発に取り組む中で専門家の方々や、医師の先生方から伺っていることも含めて、お伝えすべきことをはっきりとお話しさせてもらうつもりです。

 新型コロナに対するワクチンは、年内に最大6000万人分の量産体制を整える方針で進めています。政府から370億円の助成金をいただき、会社のお金も投入してワクチンの生産設備を整えています。生産が軌道に乗れば、初の国産ワクチンとなるはずです。

 しかし、読者の皆さんの中には、そもそも海外の製薬会社との交渉で必要分のワクチンを確保できているのに、今さらなぜ国産ワクチンが必要なのか――と疑問を持たれる方々も、当然ながらおられると思います。国産ワクチンを作ることにどんな意義があるのか、この機会にご説明したいと思います。

 まず、大前提としてお伝えしたいのは、ウイルスに対する集団免疫の獲得には、かなりの時間を要するということです。

 インフルエンザウイルスを例に挙げると、最初のパンデミックは1918年から1920年にかけての流行(スペイン風邪)でした。それ以来、人類は何十年もの時間をかけて集団免疫を少しずつ獲得し、ウイルスとの共存関係を作ってきました。世界中の人が無症状や軽症の感染を繰り返し、あるいはワクチンを打つことで、重症化する人がちょっとずつ減ってきたのです。

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 新型コロナは現在、その過程の入り口に立ったところです。今後どのように集団免疫を獲得していくかは、正直まったく想像がつきません。新型コロナ感染患者の8~9割は軽症ないし無症状のため、多くの人が感染に気づかず、あっという間に広がります。

 しかも、変異のスピードが速い。通常はオリジナルの株が一番強く生き残るものです。ところが新型コロナの武漢株は今や世界中を探しても1個も見つからないでしょう。直近では英国株が猛威をふるいましたが、インド株など、さらに強いタイプがどんどん出てきています。ウイルスの生存戦略としてかなりスマートな進化を遂げているのです。

 これほどまでに変異のスピードが速いと、今から1~2年で集団免疫を獲得したとしても、3年目に突然ワクチンが効かないタイプが流行する可能性がある。ですから、集団免疫の獲得は長い目で見なければなりません。とりあえず急いで全国民にワクチンを打ってしまえば、生活は元通りになる。そのような楽観的な状況では決してないのです。

 では、この感染症に対するゴールはどんな状況かと言えば、診断薬、ワクチン、治療薬のセットをすべて備えていることです。インフルエンザ対策は、すでにそのような状況です。「冬が近づいてきたから、インフルエンザと新型コロナのワクチンを打っておこうか」という生活感覚が広がって初めて、新型コロナとの共存関係ができたと言えるのです。

職域接種も始まったが
 
職域接種も始まったが……

新技術の安全性は?

 私たちは従来型の技術で国産ワクチンの開発に取り組んでいますが、日本で現在接種が進められているファイザー、モデルナ製のワクチンは、どちらも「メッセンジャーRNA型」と呼ばれるワクチンであり、新規の技術をもちいて開発されたものです。そのため、まだ人に投与した際の長期的な安全性についてはデータの積み上げが十分ではありません。

 このメッセンジャーRNAは、技術的には10年前から検討されてきたものですが、今回のコロナワクチンで初めて実用化されました。

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source : 文藝春秋 2021年8月号

genre : ニュース 医療