町田さんにとって初めての長編作が、今年4月に本屋大賞を受賞した。現在は多くの書店で華々しく平置きにされている。「以前は本屋さんの棚に差してあるだけでうれしかったんですが。奇跡ですよね」と目を細めながら笑った。
“52ヘルツのクジラ”とは、実在するたった一頭のクジラだ。鳴き声が聞き取れないほど高音のため、ほかのクジラには届かない。世界で一番孤独なクジラといわれている。町田さんがその声をインターネットで聞いたとき「とても怖い印象だった」という。深い海底に響き渡り、誰にも届かない。悲痛な叫びにも似た声なき声について5年もの間考え、児童虐待のテーマと重なった。
本作は家族からののしられ、束縛されてきた貴瑚と少年の物語だ。ふたりは海の広がる大分の小さな町で出会う。田舎にありがちな隣近所が密でうるさいほかは何も起こらない平々凡々な地で、互いを惹きつけたのは「孤独の匂い」だった。
「私自身、いじめられていた時期があったんです。今は好きな執筆活動ができて読者のかたから応援もされ、十分に満たされる毎日です。でも、ふっと思い出してしまう。心は一度抱えた傷を忘れることはありません。無意識にその匂いを発し、自分の周りに漂わせている気がするんです」
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source : 文藝春秋 2021年8月号