何が駄目なのか——歴代総理と比べてみた
後藤氏
菅首相の2つのキャラクター
7月の世論調査で、菅内閣の支持率は30%前後にまで落ち込み、政権維持には“危険水域”に近付きつつあります。
その最大の原因は、コロナ対策において菅首相の失政が続いていることでしょう。迷走する政府の対応に振り回され、国民の多くが今の政権に見切りをつけ始めている。首相周辺を取材しても、「裸の王様のようだ」「総理としての度量がない」などとかなり厳しい評価の声が聞こえてきます。
官房長官時代には、「俺には失うものがないんだ」と言っていたことがあります。捨て身の政治家——世襲議員でもなく自ら目標を定め、決断力とブレずに貫き通す行動力こそが政治家・菅義偉の生き方であり、魅力でもありました。ところが首相になってからは、それが裏目に出てしまい、無謀な賭けに出ては失敗を繰り返しているように見えます。
私は、共同通信の政治部で鈴木善幸首相の番記者からキャリアをスタートさせ、以来、中曽根康弘、竹下登から、現在に至るまで20人の総理大臣を直接、取材してきました。
厳しい言い方になりますが、自民党の歴代総理たちと比べて菅首相が見劣りするのは確かでしょう。そこで今回、私自身の取材経験をもとに、菅首相には何が足りなくて、どこに問題があるのか、しっかりお伝えしたいと思います。
昨年9月に菅さんが総理に就任した際、正直、私は「何て強運なんだ」と思いました。というのも、安倍政権がやり残したコロナ対策さえしっかりやれば、総理としても歴史に名を残すことができる状況だったからです。平時の首相は、いわば“総合大学”でさまざまな課題をこなさなければなりませんが、菅首相の場合は、コロナ専門の“単科大学”さえ卒業すればよかった。またとないチャンスでした。
しかし、ご覧の通りの状況で、「後手後手の対応」と「根拠なき楽観論」への批判が巻き起こっています。コロナ対策の失敗の原因を考えてみると、そこには菅さんの性格が深く関わっているように見えます。それは「一点突破型の体質」と「熟柿が落ちてくるのを待てない性格」という2つのキャラクターです。
コロナ禍は、「戦争」と言えるほどの危機的な状況です。総理という最高司令官の立場にあれば、AからDくらいまで選択肢を用意しつつ、いつでも最悪の事態が起こりうることを想定し、あらゆる可能性を探りながら準備しなくてはなりません。それが危機管理の要諦です。
菅首相
勝負をかける政治手法
しかし、菅さんはワクチン一点張りに賭けてしまいました。感染拡大防止のさまざまなツールの活用、緊急事態宣言の延長や水際対策の強化、あるいは東京五輪・パラリンピックの開催延期など、選択肢はいくらでもあったはずですが、「ワクチンを打ち続ければ大丈夫」という楽観論のまま、東京五輪に突入してしまったのです。
結果は混乱の連続でした。感染者数に歯止めがかからず無観客開催に追い込まれ、第5波は過去最大の感染拡大になろうとしています。ついに東京都でも医療崩壊が起こりかねない。戦時中に無謀な精神論に走って多数の死者を出した帝国陸軍のインパール作戦とまでは言いませんが、国民を巻き込んだ作戦は誤算続きです。
少数派に立って、勝負をかける政治手法は昔から変わりません。性分なのでしょう。一議員の頃から政治的な賭けを繰り返してきました。負け戦も多く、例えば、2008年にも、麻生政権で選対副委員長として早期解散の回避を進言して、結果的に衆院選で惨敗。民主党に政権の座を譲り渡し、戦犯の一人と批判されました。
一方、大勝したのは、2012年に総裁選で安倍晋三氏を返り咲かせたこと。一点突破の賭けは勝った時の記憶が忘れられないと言います。安倍政権の誕生で、菅さんの体質は強化されてしまったのかもしれません。
ツギハギのパッチワーク政治
もう一つの「熟柿が落ちてくるのを待てない性格」のほうは、ワクチン接種において悪い方向に働き、大きな混乱を招く原因となりました。
そもそもワクチン接種は、さほど難しいミッションではありません。人口に見合う分量を調達し、あとは効率よく順番に打っていくだけ。実に単純で、この類のことは日本の官僚機構にとって最も得意なオペレーションのはずでした。自民党の幹部も当初は、「『打ってほしい』と望む人に打つのだから、これほど簡単なことはない。必ずうまくいく」と軽く見ていました。
ところが、菅首相自らが待てずに動いてしまったがために、事態を引っかき回し混乱させてしまったのです。大きなオペレーションは指示が明確であることが必要で、全体がスムーズに動き出すまでには時間がかかります。
当初は自治体の定める会場で接種を行うはずが、各国に比べ接種のスピードが遅いと批判されるや、菅首相の指示で大規模接種会場を設け、さらには職域接種まで始めた。ところがワクチンの量が早々に足りなくなり、全国の会場は準備はしたのに、スタートできない状態というお粗末な展開をたどりました。
田村憲久厚労相や西村康稔コロナ担当相がいるにもかかわらず、河野太郎氏をワクチン担当相に就け、大規模接種では岸信夫防衛相が駆り出されたり、挙句の果てには武田良太総務相がワクチン接種を早めるよう各自治体を急かしたりと、焦る菅首相の指示のもと、あっという間に関係閣僚が増えてしまいました。
これでは、責任の所在が誰にあるのかわかりません。大臣の立場からすれば、後から後からツギハギされてやる気も出ない。言うなれば、「パッチワーク政治」なのです。
なぜこんなことになってしまうのか。菅さんは、会社員のような組織の一員としての経験をほとんどしたことがありません。本来、組織は決定に時間がかかるし、努力して決まったことでも理不尽な事態が生じて覆されることもある。多くの手間と時間をかけて物事は動いていくのに、菅さんにはそれが分からない。
猛烈上司タイプで、「俺が働いているんだから、お前らも働け!」と、土日も部下を休ませず、町工場に喩えるなら、旋盤の仕事をする部下の真横で「おい! 0.1ミリ違うぞ!」と叱りつける。ワクチン接種で、細かい個別のオペレーションにまで口を出す様を見ていると、つい、そんな場面が思い浮かびます。菅さんは全てを把握していなければ納得できないのです。
「総理の作法」が要求される
菅さんは心のどこかで、「総理大臣は、官房長官の延長でできる」と思い込んでいた節があります。しかし、官房長官と総理大臣とでは、求められる役割も、その重みも全く違います。総理大臣は行政府の長であり、国の最高責任者ですから、その立場にふさわしい「総理の作法」というものも要求されます。
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source : 文藝春秋 2021年9月号