今こそ美智子さまのお言葉をお聞きしたい
象徴天皇制を揺さぶる問題
林 眞子さまと小室圭さんのご結婚がついに実現しそうだ、とどこへ行ってもその話題で持ち切りです。世間では“駆け落ち婚”なんて言われているようですね。
御厨 急転直下で年内結婚、と相成りそうですね。
林 お二人の婚約内定の発表からこの4年間は、大変な大騒ぎになっていましたし、各々の皇室観や結婚観をめぐって国内が分断されているような状態です。現在に至っても、必ずしも祝福ムードにはなっていないように見えますが……。
――毎日新聞が行った世論調査では、眞子さまのご結婚を「祝福したい」という人が38%、「祝福できない」が35%、「関心がない」が26%という結果だったそうです(9月18日付)。
御厨 私はね、大衆の人気こそが戦後皇室を支えてきた歴史を振り返ると、この数字には隔世の感を禁じ得ません。皇族の結婚を「祝福したい」という声が4割に届かないというのは考えられない。
林 お父様の秋篠宮さまも3年前の誕生日会見で「多くの人がそのことを納得し喜んでくれる状況、そういう状況にならなければ、私たちは、いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません」と発言されていました。これは「皇室は国民と共にある」というお考えから出たお言葉だと思います。でも結局眞子さまの心には国民の声は響かなかったということなのでしょうか。
御厨 どうでしょう。ただ私は、眞子さまの今回のご決断が、戦後の象徴天皇制を支えてきた根幹部分を揺さぶるような、本質的な問題をあぶり出したと考えています。
林 象徴天皇制を揺さぶる問題! 御厨先生は、上皇さまの生前退位を考える有識者会議の座長代理を務められました(2016年、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」)。今後の皇室はどのようになっていくとお考えですか。
祝福される結婚となるか
天皇家は何のために存在するのか
御厨 会議では、これまで安定した皇位継承についてのみを考えていればよかった。つまり皇族の数が減少していく中でいかに皇統を絶やさず次世代に繋いでいくかということです。しかし、眞子さまの結婚をきっかけに世論がここまで二分され、「天皇家は何のために存在するのか」「現代における象徴天皇制の意味は」といった、かつてはタブー視されていた皇室の本質的議論に国民のほうが先に行き着いた。私は今こそこの議論から逃げてはいけないと思うんです。しかし、事ここに至っても、政府は皇位継承も含めて皇室の問題を深く掘り下げることから逃げており、総裁選という政局を経てすぐに議論が始められるとも思えない。暗澹たる気持ちでいる、ということを最初に申し上げておきます。
林 私はいま上皇后・美智子さまが、一体どんなお気持ちでいらっしゃるのか、それをお聞きしてみたいんです。もしあの方がいらっしゃらなければ、皇室はこれほどまで国民から敬愛されていなかったと思う。それくらい大きな役割を果たされたのに、この数年で皇室がこんなことになってしまって……いま、すごくおつらいのではないかと思うんです。
御厨 おっしゃる通りだと思います。美智子さまは民間の出身として初めて皇室に入られ、どうすれば上皇陛下とともにこの国に幸いをもたらせるのかをずっと考えてこられた。それが退位された途端に眞子さまへのこのバッシングでしょう。私もお気の毒な気がするんです。
林 眞子さまは美智子さまにとって初孫でいらっしゃるし、その成長を心から喜んでおられたでしょう。まさかこんなかたちで皇室から送り出すことになろうとは。
御厨 そうですね。そもそも現在の皇室のかたちを作り上げたのは、現在の上皇さまであり、それを支えた美智子さまなんです。戦争の影を引き摺っていた皇室像を、あのご夫婦が一変させた。すべては60年前の明仁皇太子と美智子妃の結婚から始まったのです。
林 「ミッチーブーム」ですね。
御厨 そう、1959年のことです。以来60年余にわたって、その皇室像がこの国に浸透していった。当時、政治学者の松下圭一は「大衆天皇制論」という論文を発表し、天皇に対する国民の価値観の一変を看破しています(『中央公論』)。当時はまだ戦争の記憶から天皇へのわだかまりが国民に残っていました。そこに旧皇族や旧華族と何の縁もない民間人である美智子さまが入っていき、メディアを通じてそのご様子が発信されることで、皇室は大衆に開かれ、支持されていったのです。
美智子さまは最上の“アクトレス”
林 「大衆天皇制」ですか。私が美智子さまのご成婚パレードを見たのは保育園児のときでしたが、いまでも脳裏に焼きついています。近くの電器屋さんの店先のテレビで、近所の人みんなで見たなあ。
御厨 テニスコートの恋を実らせたお二人のシンデレラ・ストーリーに、国民は新しい皇室の風を感じました。中流家庭の理想像を見るようになり、皇室は神聖不可侵なものではなく、大衆にとっての「スター」になったわけです。松下は論文でこう書いています。
〈皇太子はスキーでころんだり、テニスをやっても女の子に負けてしまう。それに恋すらするではないか。このような皇室をかこむ雰囲気の変化は、憲法上の天皇の地位の変化以上に重要とみたい。今日、皇室は大衆にとってスターの聖家族となったのである〉(「大衆天皇制論」『中央公論』59年4月号)
林 なるほど。たしかに皇室はずっと、日本人にとっての「理想の家族」でしたよね。
御厨 その中心にいたのが、美智子さまです。美智子さまは、皇室における最良かつ最上の“アクトレス”ですよ。表現力と国民を感激させる力は類を見ない。
林 女優ですか。
御厨 はい。美智子さまの動向はテレビや週刊誌を通じて大衆に消費されていきました。戦前の「絶対天皇制」が臣民の皇室に対する「畏怖」を支配の基盤としたのに対し、戦後の「大衆天皇制」は皇室への「親愛」の情に支えられる。この松下の指摘は正しいと思います。
林 私もテレビで観た美智子さまが本当に美しくて、この方が日本の皇室にいて下さって本当によかったなんて、心から思います。
御厨 それが昭和から平成をまたいで令和へ来て、今や大衆が天皇制そのものを無視している。大衆天皇制という考え方が全く以て崩壊してしまっているんですよ。
林 眞子さまもスターとして注目されることに辟易していたんじゃないでしょうか。「結婚して早く皇室から出たい」とおっしゃっているという報道もありました。私は以前、別の宮さまの女王さまにお目にかかったことがあるのですが、外出や食事はもちろん、いついかなるときもSPの方が付いていて、デートのときもこんなのじゃ大変だろうな、なんて思いました。
「私たちの税金」と叫ぶ令和の大衆
御厨 眞子さまの問題で我々が思い知らされた、この「大衆天皇制の崩壊」という事態をどう受け止め、今後の天皇制の在り方をどう考えていくべきか。問題はこれに尽きると思うんですよ。
林 そうなんですね。「大衆」ということで言うと、ネットなんかを見ていると、「私たちの税金で生活している人が、どうしてこんなに勝手なことをしているんだ」という声をよく目にします。私の世代だとそんな発想が浮かぶことすらないから空恐ろしくなりますが、皇室に対してこういう意見が平然と交わされるというのは、かなり危険なことじゃないかなと思ってしまいます。
御厨 ミッチーブームの頃はそうした声がかき消されるほどに皇室の人気は高かった。みなが美智子さまの真似をして軽井沢でテニスをしたり、ご一家に憧憬の念を抱くばかりでした。理想の家族としての皇室像は、現在の天皇である皇太子ご一家や秋篠宮家など宮家にも伝播していきました。
林 実は私、今日は軽井沢から東京に戻ってきたんです。昨日は1泊だけ万平ホテルに泊まりました。
御厨 皇室ゆかりのホテルですね。
林 それで思い出したのは、まだ2歳にならない眞子さまと秋篠宮ご夫妻が万平ホテルを訪れていたときの映像です。93年頃だと思います。ホテルで飼われていた大きなゴールデンレトリバーが、紀子さまに抱っこされた眞子さまに飛びかかったあの有名なシーン。紀子さまは「あら、お友達になりたいのね」なんて微笑んでいらして、本当に素敵なお母さんだった。眞子さまも自分より体の大きいゴールデンレトリバーに怖がらないで餌をあげたりして、あっという間に仲良くなっていく様子がテレビで流されました。
御厨 あれこそまさに国民に開かれた皇族の姿でした。93年といえば、現在の天皇陛下が雅子皇后と結婚したときのフィーバーぶりも凄かった。ご成婚パレードでは沿道に国民が押し寄せました。30年前も大衆天皇制は存続していたのです。新しいプリンセスがその都度、華やかに取り上げられましたが、中心には美智子さまの存在があり、彼女たちはそのビヘイビアを真似ていたのです。そういった意味でも美智子さまの図抜けた才能は余人を以て代えがたいものだった。それを令和になった今、我々は実感しているというわけです。
天皇制における「次男」問題
林 私は眞子さまのご結婚についても、美智子さまの言葉で国民感情は一件落着するのではないかと思うんです。「今回のことはこういうことだから、私が叱っておきましたから、許してやってください。今後は悠仁を盛り立てて、一同心を合わせます」とか。御厨先生、今度美智子さまに会われた時にぜひご提案していただければと思うんです。
御厨 ハハハ。
林 それにしても、秋篠宮家へのバッシングの声が大きくなるにつれ、お兄さまである天皇家の存在感が増しているように見えます。この前の東京オリンピックの開会式でも、陛下のご様子が本当に楽しげで優しげで、いらっしゃるだけで心が癒されると珍しくネット上も称賛の声ばかりでした。
御厨 伝統的に申し上げても、日本の天皇家というのは長子相続で、代々長男が皇太子となって継いできました。「次男」という存在が天皇制に関わると、いろいろやっかいな問題が起きたりもしていたのです。たいてい次男というのはやんちゃなもので。昭和天皇の弟君であられた秩父宮さまも二・二六事件の際、軍部との近さが問題になったことがありました。秋篠宮さまは子供たちへの教育ひとつとってもかなり自由ですよね。きちんとお務めになる長男と、その姿を横目に羽目を外す次男、というのは珍しくない構図です。
林 秋篠宮ご夫妻はよく、「子供たちに任せている」とおっしゃいますね。娘たちの大学も皇族が代々通われる学習院ではなく、国際基督教大学を選ばれて。学習院に入れられていれば、いまのような問題は起きなかったような気が……。
御厨 そうでしょうね。
林 それに、いまさら言っても詮ないことですが、眞子さまにはしかるべき人が相応しいご結婚相手をご紹介すべきだったのではと、やっぱり思ってしまうのです。たとえば紀宮さま(黒田清子さん)と結婚した黒田慶樹さんなんて、いかにも朴訥とした好青年でした。一般家庭の出で大金持ちではなかったかもしれませんが、誠実そうで、秋篠宮さまの同級生というご縁がありました。三笠宮家の容子さまは裏千家の家元に嫁がれましたし、昭和天皇の第5皇女で「おスタちゃん」と呼ばれた清宮さま(島津貴子さん)も、結婚直前の誕生日会見で「私の選んだ人を見てください」なんておっしゃっていたけれど、島津家に嫁いだ。つまり、たった半世紀さかのぼれば、みなさんちゃんとしかるべきお家に嫁がれていたんです。
ご胸中やいかに(宮内庁提供)
“愛子天皇”は不可能?
御厨 最近は、結婚が「家」同士のものという考え方そのものが薄れてきていますからね。
林 旧家と呼ばれる家の方々であっても、「本人の好きな人と結婚するのはしょうがない。毎年ちょっとお墓参りに行ってくれさえすればいいよ」といった具合で、親世代も諦めている節があると聞きます。
御厨 その流れが天皇家にもスライドしているということでしょう。ただ大前提として、天皇制は家と家との結婚で維持されてきた歴史がある。それがいつしか、自由恋愛であるとか、個人の自由を重んじるような風潮が出てきた。眞子さまもそうですが、妹の佳子さまも「姉の一個人としての希望がかなう形に」とコメントしています。一個人である前に、公的な立場であるという意識が少し欠けているのかもしれません。
林 やはり眞子さまや佳子さまの自由なふるまいを目にすると、皇族然として正道を行かれる愛子さまのお姿に好感を抱く国民はかなり多いと思うんです。聡明で、お人柄もすばらしいというお話も洩れ伝わってきます。本当は東大を狙えるほどの学力なのに、お立場を考えて学習院に進まれているとか。ここにひとつの救いがある気がします。
御厨 そうですね。愛子さまに関しては、いっとき不登校などという報道もありましたが、いまやすっかり国民から愛されている印象です。となると、ここで出てくるのが、「女性天皇でもいいじゃないか」という問題。ただ、これがなかなか難しい。今、政府の新たな有識者会議で検討していますが、おそらく決定的な結論は出せないと思います。
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source : 文藝春秋 2021年11月号