安倍・麻生そして二階による「院政」を断ち切れるか
後藤氏
ブレたことは痛恨事
自民党総裁選を取材して日本政治の劣化を改めて痛感させられました。事実上の総理大臣を決める選挙ですから、前政権の検証から始めるのが本来の道理です。つまり、約9年続いた安倍・菅政治を無批判に引き継ぐのか。森友・加計学園、桜を見る会の問題、河井案里買収事件などを解明し、権力の私物化を正すのか。4人の候補者は進んで明らかにすべきだし、メディアも強く問い質すべきでした。しかしそれは一切なされないまま、岸田文雄新総裁が誕生しました。岸田さんの周囲からは「政権を取るには安倍晋三、麻生太郎両氏に頼らざるを得なかった」という声が聞こえてきます。現に岸田さんは両氏が強く求めた二階俊博幹事長交代を念頭に置いた党改革を訴えて立候補しました。新政権は安倍・菅政治をそのまま継承する形となってしまうのでしょう。
岸田さんの売りは安定感ですが、ウイークポイントは以前から指摘されているように決断力の弱さです。
森友問題の再調査について、当初「国民が納得するまで説明することが大事だ」と明言していたにもかかわらず、安倍さんが「高市早苗支持」を打ち出した途端、「再調査とか、そういうことを申し上げているものではない」とブレたことは痛恨事でした。勝ちを目指して、大きな「負の遺産」を背負わされてしまったのです。
それどころか、さらに安倍さんに媚びを売るように、「憲法の改正は絶対に必要だ」と言い始めました。出身派閥の宏池会は護憲の牙城であり、初代会長池田勇人に始まる「保守本流」です。自分はその正当な後継者だという純粋性を売りにするべきでした。
総裁選では議員票で河野太郎さんに大差を付けて勝利しましたが、これは安倍さん、麻生さん、そして二階さんの政治力の賜物に他なりません。岸田さんは、総理の座を得ることはできましたが、この3人の顔色を窺いながら政権運営に当たることは目に見えています。
現在の宏池会が相変わらずお上品で大人しく、戦闘集団でないことも弱点です。岸田さんの周囲に小泉進次郎さんみたいに良くも悪くも突破力のある人間が見当たりません。
政策的な売りがない点も、総理として物足りない。岸田さんが外務大臣だった頃、何度も進言しました。
「世界広しといえども、岸田さんは爆心地選出の唯一の外務大臣。日本が批准していない核兵器禁止条約に署名して、核兵器廃止運動の先頭に立てば、明日にでも総理大臣になれますよ」
しかし、岸田さんは、逡巡するばかりで、首を縦に振りませんでした。
9年間の総括をさせない
今回の総裁選ではいずれの候補者も党と政権の運営について「若手の起用」とか「風通しをよくする」など、聞き心地のいい公約を掲げました。ところが、実際は、党の重鎮である安倍さんや麻生さん、二階さんら長老の顔色を窺ってばかり。森友問題を検証するとはっきり公言したのは、もともと当選の見込みが薄い野田聖子さんだけでした。その結果、「9年間の総括をさせない政権を作る」という安倍さんと麻生さんの思惑通りの展開になってしまったのです。
10月4日の臨時国会召集も「野党側の要求に従って」と言いながら、実は自民党の都合で、首班指名のためにすぎません。それまで野党の臨時国会召集の要求を拒否しておきながら、辞めてゆく総理大臣が召集する。そんな法の支配の国にあるまじき愚行に対して、自民党内から反省の弁は一切聞こえてきません。
最も無責任なのは、新内閣が成立して10日前後で解散総選挙になることです。本来、解散総選挙は、任期中の成果を踏まえて今後の政権運営の信を問うべきなのに、新政権は未来の空手形を切って「信用してください」と言うのですから、言語道断です。
菅政権の政治手法は最後の最後まで行儀が悪かった。警察庁、警視庁、厚労省など、中央省庁のトップの人事を駆け込みで決めたのはその象徴です。菅義偉さんが官房長官だった時代から、霞が関の秩序は破壊され、政と官の関係は変質してしまいました。
内閣人事局の創設により各省庁の幹部の生殺与奪の権を握ることで、官僚は国民ではなく首相官邸の顔色を窺いながら仕事をするようになり、「忖度」がはびこりました。
その上、安倍さんも菅さんも中央省庁の事務次官経験者によると、「エリート嫌い」とされ、次官候補のトップランナーをあえて外して2番手を起用する人事が増えました。これでは「官邸に物申そう」と考える官僚は出てきません。特に次官のポストが視界に入ると、「今は官邸の言うことを聞いて次官になったほうが、いい仕事ができる」との理屈で、自らを納得させてしまう。
いずれも国民に対して非常に失礼な話ですが、メディアもそうした異常性をあまり報じません。前政権の「負の遺産」が議論されず、禁じ手の解散総選挙を許していいのかという論調は一切、見られませんでした。
安倍氏
合法的な「菅おろし」
自民党にとって、菅さん最大の功績は自ら身を引いたことでしょう。この2カ月で自民党に吹いた追い風の中で、菅退陣効果が一番大きく、総裁選のいずれの候補もそれを凌駕するパワーはありませんでした。次の総選挙で、自民党は負け幅を減らすことができるはずです。8月の段階では議席数70減との予想もありましたが、30減前後で食い止められるのではないかとみられています。
私は、今回の政局における最大のシナリオライターは、自民党の職員だと考えています。国会議員以上に自民党の野党転落に強い危機感を抱いていました。自身の生活に直結するからです。彼らは、無投票になると見られていた総裁選を実現させたことで、合法的に「菅おろし」を実現させました。ルールに従って総裁選を行えば「菅おろし」を実行できることに、自民党の職員たちはかなり早い段階から気付いていたのではないか。だから「総裁選を見送って党員・党友の不満が溜まると、総選挙を戦えない」と、菅さんや二階さんに言い続けていたのでしょう。
衆院を解散し、総裁選を先送りする選択肢もあったのに、菅さんが「じゃあ、総裁選をやろう」と日程を決めたのは、まさか名乗りを上げる有力候補はいないだろうと楽観視したからでしょう。二階さんも同じ認識だったと思いますし、「だれがいるんだ」と語っていました。ところが突然、岸田さんが手を挙げたのです。菅さんは「何!? 岸田が出るのか」と激怒したといいます。
さらに誤算だったのは、岸田さんが「二階切り」に動いたことです。党の役員任期を3年に限定する方針を打ち出し、二階幹事長の在任5年は長いと暗に批判。岸田さんの「二階切り」が国民に受けたことで、菅さんは二階さんの交代人事に着手します。ちなみに二階さんは「5年が長いと言うとるけど、9年やっている奴がおるやないか」と周囲にぶちまけたそうですが、これは麻生財務大臣のことを指すのは言うまでもありません。
菅さんの目算は大きく狂い、判断能力をみるみる失っていきます。
8月30日の二階さんとの会談で、菅さんは「内閣改造や人事を考えています」と切り出しました。二階さんは、「自由にやったらいいんじゃないか。自分はどうなっても構わない」と応じたのですが、もちろん二階さんの腹の中は違っていた。
二階氏
「昨日の話はなかったことに」
党人事を刷新して事態を乗り切ろうと考えた菅さんは、続けて石破茂さんにポストの打診をしていました。
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source : 文藝春秋 2021年11月号