サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します。
超伝導転移温度の最高記録=15℃
人類が、極低温の世界の扉を開けたのは1908年のことだ。オランダの物理学者オンネスが、この世で最も沸点の低い物質であるヘリウムの液化に成功したのだ。絶対零度近くの物質が見せる奇妙な振る舞いは、実に驚くべきものであった。中でも超伝導という現象は、物理学者たちを深く魅了した。極低温付近で突然に電気抵抗が消失するという劇的な性質の変化、謎に包まれた理論的背景といった魅力のみならず、リニアモーターカーやMRI、電力貯蔵など実社会に大きな影響を与える応用にもつながる。というわけでこの1世紀余り、超伝導は物性物理学分野の花形として君臨してきた。
1986年には、銅を含んだセラミックがこれまでにない高温(といってもマイナス180度付近だが)で超伝導状態に転移することがわかり、世界を驚愕させた。高温超伝導に関する学会は、「物理学のウッドストック」と呼ばれたほどに参加者を熱狂させ、大物研究者が続々とこのジャンルに参戦した。もっと転移温度が上がれば、社会を一変させる新素材も決して夢ではなくなる。
しかしその後、転移温度の上昇は頭打ちとなり、フィーバーも徐々に冷めてゆく。2008年には日本の研究者が鉄系超伝導体という新たな鉱脈を発見し、再びこの分野を活気づけるが、転移温度という数字の上では、記録更新には結びつかなかった。
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source : 文藝春秋 2021年11月号