好戦的な戦狼外交官が日本で進める“工作”の実態
近年の中国を象徴する「戦狼外交」をご存知だろうか。中国の外交官が挑発的・攻撃的な言動を繰り返す現象のことで、米中対立の激化とともに顕在化した。「中華民族の偉大なる復興」を掲げる習近平のもと、外交官たちは政権に忖度し、ことさら教条主義的な姿勢を示すようになった。
習近平国家主席
戦狼外交は、中国発のコロナ禍が全世界に広がり、新疆ウイグル自治区や香港の人権問題に国際的な非難が強まった2020年から加速。同年3月には中国外交部の趙立堅報道官が、新型コロナの起源は米国にあると主張して米高官を激怒させた。
他にも外交部次官補の華春瑩、前駐英大使の劉暁明らが「戦狼」として知られる。そして最近、ついに日本の中国公館にも同様の外交官が登場しはじめた。
「害虫駆除!!!快適性が最高の出来事また一つ」
国際人権団体アムネスティの香港からの撤退が報じられた翌日の2021年10月26日、中国駐大阪総領事の薛剣(@xuejianosaka)がツイッターに投稿した一文だ。
彼は同年6月に着任し、8月11日にアカウントを開設。以来、中国の体制を礼賛し、西側の民主主義や人権概念を強烈に批判し続けている。現役の総領事が人権団体を「害虫」と呼んだことは国内外の非難を招いたが、その後も“口撃”は続いた。
「台湾独立=戦争。はっきり言っておく!中国には妥協の余地ゼロ」〔10・28〕(台湾外相の発言に)
「平和解放前のチベット最大の農奴主」〔11・10〕(ノーベル平和賞受賞者のダライ・ラマ14世について)
「過激な反中マインドに駆られているこのマスゴミが益々発狂!!!」〔11・13〕(日本のネットニュースの中国批判記事に対して)
「ハエがウンコに飛びつこうとする西側子分政治家」〔11・21〕(五輪ボイコットに言及した国民民主党の玉木雄一郎代表を指して)
過激なツイートを次々投稿
1日に約76件のツイート投稿
薛剣は9月13日、総裁選前の岸田文雄(現総理)が新疆の人権問題に言及したのに対して、引用RT(リツイート)(直接返信)で反論。11月5日にはバイデン米大統領のツイートにも引用RTで「ほら吹きにしか聞こえない」と痛罵している。
ときには、中国の観光やスポーツの情報を穏健な文体で綴る。だが、それらに混じり、中国の体制を礼賛する親中派日本人の投稿を大量にRT(転載)。過激な運営方針が受けたのか、中国人らしきアカウントを中心にファンも急増しており、フォロワー数は約1万3100人(11月28日現在)を突破した。
日本側の外交筋(30代)は、薛剣のツイッター活動の背景をこう話す。
「中国外交部の全体的な方針にもとづく行動とは思う。ただ、総領事の裁量権は大きく、個々の投稿は現場レベルで判断しているはず。そもそも、日本語の投稿内容を理解できて、しかも彼を止められる立場の高官は限られる。野放しですよ」
薛剣の1日の平均投稿数は、RTを含めると75.7件(11月28日現在)。平日と休日を問わず、ときに朝7時台から深夜2時までツイートが続く。一部は部下が担当しているが、「害虫」発言は薛剣本人が書き込んだことが確認されている。
前出の外交関係者は眉を顰める。
「いかなる国家の外交官であれ『接受国(=日本)の国民に嫌われないこと』は、職務上の最も基本的な常識のはず。薛剣のツイッターでの言動は、はっきり言って不快ですよ」
薛剣総領事
背後に横たわる権力闘争
薛剣はいかなる人物なのか。理解のキーは彼の出自と職場事情だ。
「今日は土曜日、休みなんだけど、館員を連れて地元の中国人留学生と一緒に岸和田市へ援農活動に参加してくるぜ!」〔10・30〕
同日、岸和田市日中友好協会と大阪総領事館の交流行事を予定していた薛剣は、その前に部下や中国人留学生らを引き連れて市の郊外で援農ボランティアに参加。彼を受け入れたNPO法人くじらのペンギンハウス代表・花野眞典(43)は話す。
「総領事はジャンパー姿でヤル気満々でした。『私は農家の出身だ。苦労して大学に進んだ』と話し、素人離れした速度でミニピーマンを収穫。さらに、生落花生の塩茹でを作って、その場で振る舞ってくれました」
その後、交流行事をおこなうミカン園「洋光園」に移動、隣接する畑で恒例のイモ掘りに参加した。洋光園の経営者(59)が言う。
「部下たちが畑の堅い土に閉口するなか、薛剣氏は『幼い頃、中国の農業は手作業だった』と、助けも借りず大きなサツマイモを素手で掘り出した。過去20年以上も総領事館員を受け入れましたが、従来ないタイプです」
そんな薛剣は1968年、江蘇省淮安市漣水県生まれだ。現地出身の中国人によると、彼の世代の農民の子弟で北京の大学に進むのは「10万人に1人」程度。地元一の秀才だった。薛剣と面識がある日中友好団体の関係者も、彼の性格をこう話す。
「貧しい中国農村の実態を、身をもって知っている。ゆえに、豊かで強くなった現代中国の体制を肯定的にとらえる傾向が強いように見えます」
やがて薛剣は北京外語学院(現北京外大)卒業後の1992年に外交部に入り、北京と東京を往来。王毅(現外交部長)が率いる中国外交部のジャパン・スクールでは「主流」のキャリアを歩んできた。2010年には、尖閣諸島沖で中国漁船が日本の海保巡視船に衝突した事件に際して、那覇で折衝にあたっている。
日本側の外交筋によると、現在の中国ジャパン・スクール内部の序列は、「別格」の王毅以下、次官補の呉江浩、駐日大使の孔鉉佑……と続き、薛剣は「ナンバー4~5程度」。50代前半の世代では出世頭だ。
大阪総領事の職責は、小国の大使に匹敵する。年齢を考えれば、業績次第では今後、駐日大使のポストも充分に狙えるポジションだ。運がよければ、大先輩の王毅のように外相の位すら夢ではない。
加えて興味深いのが、現駐日大使・孔鉉佑の地位の危うさだ。
複数の情報筋によれば、孔鉉佑は台湾問題がらみの失言を日本人記者に報じられたことや、本誌(2021年9月号)に台湾の蔡英文総統の独占インタビューが掲載されたことで北京の信用を失ったとされる。
現在、大使館を実質的に切り盛りするのは主席公使の楊宇だ。2021年3月には新疆の人権問題を問い合わせた日本メディアの書面インタビューに「ばかげた茶番劇」と強い表現で返答するなど、トップの孔鉉佑を差し置き存在感を示した。
楊宇は薛剣の2歳年下だ。同じ北京外語学院卒とされ、駐日大使館スポークスマンや東北アジア局長を歴任してきた。楊宇と薛剣が、中国ジャパン・スクールの次代のリーダー候補とみられている。
東京の大使館の政治的失策は、薛剣にはチャンスだろう。昨今の「戦狼外交」の流行に乗り、派手な言動で注目を集める手法で出世レースを有利に進めようと考えたとしても不思議ではない。
援農ボランティアに参加する総領事
歴代総領事の不審死と失踪
「中国の大阪総領事館自体、キナくさい。2008年7月には当時の総領事・羅田廣《ルオテイエングァン》が帰国中に交通事故死し、不審死の可能性が囁かれた。前任総領事の何振良も、福岡総領事から転任して、わずか10ヶ月足らずで謎の失踪を遂げました。その後、半年以上も総領事が不在の異常事態を経て、薛剣が着任したのです」
元産経新聞台北支局長の吉村剛史は話す。何振良の失踪理由は、過去に長年携わってきた遺棄化学兵器問題にからむ対日賠償金利権が発覚して召還・投獄されたため――、というのが、本国の情報が入る関西の華僑社会での有力な見立てだ。
さておき、この短命総領事・何振良の遺産が「パンダ外交」だった。
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source : 文藝春秋 2022年1月号