愛子天皇は実現するか「緊急特集 天皇と日本人」

本郷 恵子 東京大学史料編纂所所長
古川 貞二郎 元内閣官房副長官
野田 佳彦 元内閣総理大臣
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このままでは皇統が絶えてしまう! 皇室の一大危機を大激論
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(左から)本郷氏、野田氏、古川氏

(1)皇統の危機――なぜ政治は放置するのか

 野田 自民党総裁選では、候補者4名のうち3名が女系天皇に否定的で、「皇位は男系男子で維持されるべき」と主張をしたことが話題になりました。しかし、皇統の危機はまさに男系男子による継承に根源的な原因があります。それ以外の選択肢も含めて、今こそ広く議論すべきなのに、この問題については無関心な政治家が多く、真剣な議論がされていません。「このままでは日本から皇室がなくなってしまう」とすごく危機感を抱いています。

 本郷 遅まきながら、今年3月から政府は有識者会議(「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議)を立ち上げ、安定的な皇位継承のあり方について検討を始めました。私自身も4月に中世史の専門家として、ヒアリングの場に呼ばれ、「内親王と女王にも皇位継承資格を認めるのが自然」という意見を申し上げました。議事録を読むと、作家の綿矢りささんのような若い方が「男系の伝統を重んじてほしい」と意見を出されていたりして、意外に世代間で意見が分かれているわけでもないんだな、と感じました。

 ただ、議論は遅々として進んでいません。7月以降は会議自体が中断され、4カ月経って、ようやく11月に再開されたばかりです。

 古川 皇位の継承者や皇族の方々の減少は、天皇制が存続するかどうかにかかわる重大な問題です。現在、皇室には皇位継承権のある皇族は、秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さまのお三方しかいないわけで、その中でも次世代の候補となると悠仁さまだけになる。眞子さまも今回のご結婚により民間人になられ、女性皇族の数も減少の一途を辿っています。

 私は、2005年に危機感を抱いた当時の小泉首相のもとで立ち上げられた「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーでした。私どもに対する小泉首相の諮問は、現行憲法のもとで皇位の安定継承を図るにはどうすればいいかというものでした。会議では、実に様々な議論を行いました。当時はメンバー10人全員の一致で、「女性女系天皇にまで皇位継承資格を拡大する」という結論を出しています。あれから16年が経つのに、いまだに解決を見ていない。「慎重に検討を」というばかりで、実態は先送りにされている感があります。「慎重な検討」と「先送り」はまったく違います。

 天皇制は日本の「国の根幹」とも言える制度で、その制度が細い糸で保たれている状態は、明らかに健全ではない。皇室典範に定められた現行制度を改正し揺るぎない状態にするためにも、早急に手を打つべき時期に来ていると思います。

 本郷 現行の皇室典範(昭和22年施行、以下、昭和典範)では「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」とされています。まだ悠仁さまがご結婚されるまでに10年以上はある、悠仁さまのところに男の子がお生まれになれば問題ない、と悠長に構えている人もいますが、一方でその時が来てから議論するのでは遅いという声もあがっています。

 古川 私は、遅いと思いますね。皇族方は国政に関与できないことになっています。だから政治家や政府関係者といった国政のしょうに当たる人間が、どんなに困難なことがあっても責任をもって早急に制度を改正し、皇位の安定継承を図る必要があります。

愛子さま
愛子さま

考え抜かれた有識者会議の報告書

 野田 政府の姿勢は怠慢と言わざるをえないものですね。そもそも現在の有識者会議は、2017年に天皇陛下退位の特例法を制定した際の附帯決議にもとづいて立ち上がりました。附帯決議には「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等」を特例法の施行後、速やかに検討するよう記載されています。

「速やかに」と書かれているのに、特例法の施行日である19年の4月30日から、今年3月の有識者会議の設置まで、実に2年もの時間が経っている。会議自体を起こすのが遅くて、いまだに国会には何の報告もないわけです。「何をやっているのか!」と言いたい。古川さんも委員でいらした小泉政権下の有識者会議を見習えと言いたくなります。

 古川 当時の資料を読むと、主な会議だけでも17回に及び、05年の11月に報告書を提出しています。

 本郷 私も読みましたが、現在と過去の家族制度の違いに言及していたり、男女に等しく皇位継承権を認めた場合は、皇室の規模はどうなるのかを想定したり、非常に考え抜かれている印象でした。今後もこの報告書をもとに議論を進めなければいけない種類のものですね。

 古川 報告書には、明治の皇室典範(明治22年施行、以下、明治典範)で認められていた側室制度がなく、昨今は、著しい少子化、晩婚化にある中で、古代から続いてきた皇位の安定的継承は極めて困難であり、「継承の資格者を女性や女系の皇族に拡大すべきである」と明記しています。

 野田 報告書が出された翌年1月の国会の施政方針演説では、小泉首相が「皇室典範改正案を提出する」と明言していました。そして、その後、3週間足らずというタイミングで、NHKによる紀子さまご懐妊の報道が出され、同年9月に悠仁さまがご誕生されたわけですね。

 古川 ええ。静かな環境の中でご誕生を迎えたい、ということで、皇室典範改正案も国会への提出を見送ったという経緯があります。当時、私は、悠仁さまがお生まれになった愛育病院の理事長をしておりました。実はご退院の際に、私は秋篠宮同妃両殿下と赤ん坊の悠仁さまを、病院の玄関まで先導する役を務めたんです。4階から1階まで降りるエレベーターの中で、皇位の継承者である愛らしい悠仁さまのお顔を見て、深く感動したことを今も鮮明に覚えています。

 野田 その後、小泉政権から安倍政権に代わり、有識者会議の議論も白紙に戻された。

 古川 いえ、悠仁さまのご誕生で議論が白紙に戻ったというのは誤解があるんです。報告書の結びを読めば分かりますが、「今後、皇室に男子がご誕生になることも含め、様々な状況を考慮」と明記し、仮に皇室に男子がご誕生されても、皇室の危機に変わりはないことを明らかにしています。これはもちろん紀子さまご懐妊の報道を知る前に書かれたものですが、改革は行うべきだと主張しているんですね。要はこの報告書を受けた小泉首相が国会で表明した方針が、安倍内閣(第1次)に引き継がれなかったということです。

 本郷 野田さんは、首相をお務めだった2012年に「皇室制度に関する有識者ヒアリング」を立ち上げ、女性宮家の創設について議論されましたよね。

 野田 ええ、当時の宮内庁長官の羽毛田(信吾)さんから、「皇族が減少していくことで、天皇や特定の皇族に公務が集中している」という危機感を伝えられたことがきっかけでした。当時は、これから結婚適齢期を迎える女性皇族が7方いました。女性皇族の減少に歯止めをかけるために女性宮家創設の議論を急いだという背景があります。もちろん、私も「皇統の継承」のほうがより重要な問題であると認識していました。ただ、「ねじれ国会」のため参議院で法案が通りにくいという事情もあり、戦略的に議論を進める必要がありました。そこであえて女性・女系天皇の問題には入らずに、「女性宮家の創設」にだけ論点をしぼったんです。

 ただ、現在の有識者会議を見ていると、私の時とは別の理由で本筋の議論に入らない印象を受けますね。論点をズラしながら、議論を遅らせているようにしか見えません。附帯決議に書かれた「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等」の中でも、「皇位継承を確保するための諸課題」の方を真っ先に議論するべきなのに、「女性宮家の創設等」の方ばかり議論している。本題に入りたくないので時間稼ぎをしているとしか思えません。

 古川 政府や国民の中にも「何とかなるだろう」「誰かが何とかするだろう」という他人任せの雰囲気があるのかもしれません。それが議論を遅らせているということはあると思います。政府が何とかしないと、何ともならないことを国民は認識する必要があります。

 野田 私は、いまの自民党議員の皇室観には、長く政権の座にあった安倍(晋三)さんの考えが強く影響していると思います。つまり男系男子を維持し、皇統の存続の問題の解決案として旧宮家の復活を推す考えです。安倍さんに代表される男系男子維持を主張する守旧派の議員は自民党内に数多くいます。現在の有識者会議も、小泉政権下の有識者会議のように「女性・女系容認」という方向に議論が進まないように、いつまでも的をズラして結論を先送りしているのかもしれません。

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安倍元首相

(2)皇室は日本の宝――続いたのには訳がある

 古川 私がなぜ皇統の継承について議論すべきと強く訴えるのかというと、それは、この優れた象徴天皇制を将来にわたって継承していくことが、日本にとってことのほか重要だと考えるからなのです。やはり天皇制は、日本という国の根幹であり宝である。これを絶やすようなことは、決してあってはならないと思うのです。

 野田 私も首相在任中は、当時の天皇皇后(現上皇上皇后)両陛下のもとに内奏に伺うことが度々ありました。以前から心より尊敬しておりましたし、お会いする中でますますその想いが強くなりましたね。

 忘れられないのは、ある時うかがった皇后陛下のお言葉です。当初は、被災地に足を運ぶことが「本当にいいのかな」と迷う面がおありだったとおっしゃるのです。復興にあたって「足手まといになるのではないか。皆さんのお仕事の邪魔になるのではないかと気になって仕方なかった」と。けれども、天皇陛下は確信をもって被災地の方々のもとに入っていかれる。その背中をご覧になる中でだんだんと、皇后陛下ご自身も被災地に赴くことの意味が分かってきたと。そしてこうおっしゃいました。「野田さんたちが被災地に行くと陳情を聞くでしょう」と。たしかに我々が行くと、「仮設住宅をこうして欲しい」とか、「避難所をここに用意してほしい」とか、そういう話になるわけですね。しかし被災地の方々も、両陛下に対してはそういう話は一切しない。「2歳の子どもが流されてとても悲しくて」とか、「消防団員だった夫は、水門を閉めに行って帰ってきません」とか、胸の中でぐっと堪えてきた辛い気持ちを吐露するのだそうです。

 皇后陛下もそこで、象徴天皇の役割は国民に寄り添い、その気持ちに耳を傾けることだと思い至ったと。そのお話を伺ったとき、私自身、両陛下が国民の声を聴いて下さることが日本という国にとってどれだけ大切なのかがわかりました。

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被災地を訪問する上皇上皇后両陛下(当時は天皇皇后両陛下)

 本郷 なるほど。

 野田 日本という国を経営するうえでの要諦は3つあると思うんです。ひとつは「政と官の関係」。私たちの民主党政権は噛み合っていなかった。2つ目が「日米外交」。これは私も大事にしていた。そしてもうひとつ大事なのが「皇室を大切にすること」。政治や行政の行き届かないところに皇室はそっと寄り添う。この国は人を見捨てることはしない、絆はたしかにある、と気づかせてくれる存在なのではないか。両陛下の存在が震災後の秩序だった行動にもつながったと思います。

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source : 文藝春秋 2022年1月号

genre : ニュース 政治 皇室