北条義時、丹羽長秀、山崎丞、大村益次郎、古川ロッパ…。
「新選組!」「真田丸」に続き「鎌倉殿の13人」がスタート。
僕にとってもなじみの薄い鎌倉時代
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)の脚本を折り返し地点までようやく書き上げたところです。本当にきつい題材を選んじゃったなと、たまに後悔しています。その分、楽しいですけど。
今まで書いてきた歴史物と異なるのは、視聴者の皆さんにとっても僕にとってもなじみの薄い鎌倉時代を描くこと。源頼朝が平家を倒して鎌倉幕府をつくったことはよく知られていますが、では頼朝が打倒平家のために初めて挙兵した時の人数は? というと、ご存知ない方がほとんどではないでしょうか。
平家との最初の戦いは1180年。東国の武士から頼朝は味方を募るも、多くが様子見でなかなか集まらない。流罪人の頼朝には自前の家臣がほとんどおらず、結局、頼朝軍は赤穂浪士よりも少ない人数で挙兵しているんです。そこから平氏を倒し、鎌倉幕府を開くのは大仕事だったろうなと、脚本を書きながら感じています。
鎌倉時代は、血で血を洗う、御家人間の内部抗争が多発していたのですが、当時の日本人は首を刎ねることにためらいがないように思える。「なんで、この場面で、この人が死んじゃうんだ!」と思うような話がたくさんあります。市川染五郎さんが演じる、木曽義高(源頼朝の娘の若きフィアンセ)をめぐる話も可哀想で……。どれくらい可哀想かはここでは言わないので、ぜひドラマを観て下さい。
とはいえ、ちょっと現代人の僕には想像のつかないようなドラマティックな出来事が次々と起こるのは興味深くもあり、書きがいがあります。悲劇をどう明るく前向きに描いていくのかが僕の使命。1年間、日曜の夜に家族みんなで楽しんでもらえるような作品にしたいです。
2022年1月9日放送開始のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は三谷幸喜氏にとって三作目の大河ドラマとなる。「新選組!」(2004年)では、幕末を生きた新選組局長・近藤勇、土方歳三や沖田総司らの青春群像劇を描き、「真田丸」(2016年)では、戦国時代最後の名将・真田信繁(幸村)の生涯を描いた。
今作の舞台は平安時代後期から鎌倉時代初期。主人公の北条義時は、第二代執権として鎌倉幕府の礎をつくった人物である。鎌倉殿、すなわち将軍の源頼朝が亡くなると、源頼家が後を継ぎ、有力御家人13人が頼家を支える合議制ができる。義時は、その13人の家臣の1人で、熾烈な権力闘争で家臣が脱落していくなか、最後まで勝ち残っていく。
北条家とゴッドファーザー
北条義時は、一言で言えば、とにかくダークな男です。
父・北条時政は、田舎のいち豪族にすぎませんでした。それが頼朝に仕えて平氏討伐に加わり、ほぼ一代で幕府を牛耳るまでに成り上がった。
時政には宗時という有能な長男がいて、本来、彼が跡取りになるはずでしたが、平家との戦いで、宗時が戦死してしまう。それによって、北条家の中心になるはずではなかった、次男の義時が、歴史の表舞台に登場するわけです。
これ、映画「ゴッドファーザー」の設定に似ているんですよ。義時を、アル・パチーノが演じるマイケル・コルレオーネに置き換えてみてください。マイケルは、マフィア組織「コルレオーネ・ファミリー」の創設者、ドン・コルレオーネの3男。別のマフィアとの抗争で、兄のソニーを失い、やむなく組織の2代目ボスを引き継ぐ。マイケルも義時も、トップとなってから、権力闘争に明け暮れ、ダークサイドに落ちていきます。
ただ、義時も、マイケルと同様、単なる極悪人ではなかった。なぜ、冷酷無比な行動をとるのか。そこには北条ファミリーを守るという強い信念や彼なりの正義が垣間見られる。ライバルをどんどん蹴落として結果的に見れば勝者といえるかもしれない。でも、本当に勝ち組だったのか。勝ちあがっていくなかで、そこには苦悩や葛藤が必ずあったと思います。彼に思いをはせると、幸せな最期だったとはとても思えない。そんな彼の生きざまに脚本家として強く魅かれました。
主人公を演じるのは小栗旬さん。お会いした印象はとにかくでっかい。大勢の家臣たちの中心として存在感をみせてくれると期待しています。僕の作品で小栗さんに最初に出ていただいたのが、「わが家の歴史」(フジテレビ)。高倉健役でしたが、顔は全然似てない。それでも、地元の福岡から上京する場面をみたら「あ! これは若き日の健さんだ」と不思議な説得力があった。役に入り込んで自分のモノにする力を持つ役者だという印象があります。
「13」に込めた想い
歴史上の人物を描く時、天才や時代をつくった英雄よりも、その周辺や敗れていった人、歴史に埋もれた人に目が向く。これまでに取り上げた歴史の“脇役”たちは優に100人を超えるんじゃないでしょうか。そもそも脇役という役はないと僕は思っているし。同様に世の中に脇役という種類の人間はいない。みんなが自分の人生では主役なんです。
「鎌倉殿の13人」のタイトルに込めたのは、一人の人物が鎌倉幕府をつくったのではなく、多くの人たちのドラマ、群像劇なんだという想い。「13」という数字はその象徴です。
13人の御家人たちのなかで個人的な“推し”は、梶原景時です。
景時は源義経の不義を頼朝に訴える書状を出していたこともあり、義経が主人公の物語では、義経との対比で悪党として描かれてきました。ただ、さまざまな資料を読みこむと、別の景時像が浮かび上がってくる。どこか能天気で血の気の多い関東の御家人のなかにあって、彼は理知的で物事を冷静にみつめている。義経が今までの常識を覆す策を立てたことに対して、理不尽に彼を排除したとは思えない。ひょっとしたら一番の理解者だったんじゃないか。景時視点に立ってみると、これまでとは違う2人の対立劇がみえました。今回演じるのは中村獅童さん。骨太な景時が観られそうで楽しみです。
房総半島の豪族・上総広常も要注意人物です。この人がいなかったら、頼朝は平家を倒せていなかったと言っても良いかもしれません。一方、ヤンチャな暴れん坊だったこともあり、周りに疎まれ歴史から抹殺されている。「新選組!」でいえば、初代筆頭局長の芹沢鴨です。そして演じるのはどちらも佐藤浩市さん。
2代目武将が愛おしい
2021年7月に再演したミュージカル「日本の歴史」では、卑弥呼の時代から太平洋戦争まで約1700年間を描き、60人以上の登場人物を7人の役者が早変わりで演じました。そこで僕が起用した歴史上の人物たちは、各時代を象徴する人物だけではありません。藤原仲麻呂、弥助、G・B・シドッチ、徳川家重、相楽総三、田代栄助、桐野利秋……と、一般の人からすればマニアックな人物の名前も数多くある。
これまでに僕が描いてきた、歴史上の「陽の当たらない」キャラクターたちをご紹介しましょう。
・大河ドラマ「真田丸」
主人公、真田信繁は、織田信長や豊臣秀吉のように天下をとっていません。しかも豊臣軍につき、関ケ原の戦いと大坂の陣の敗軍の将です。
信繁は、最晩年の大坂の陣まで歴史に登場することはなく、謎に包まれた人物でした。最新の歴史研究によって秀吉の馬廻衆(護衛)で側近のような人物だと分かり、いろんな想像がかきたてられました。
「真田丸」でこだわったのは、有名戦国武将の二代目たちもきちんと描くことです。真田昌幸・信繁親子をはじめ、北条氏政・氏直、武田信玄・勝頼、上杉謙信・景勝、徳川家康・秀忠……先代の影がジュニアたちにつきまとい、先代を乗り越えようと苦悩する様が愛おしい。
これは僕個人の変化と関係しています。僕は早くに父親を亡くし、父親という存在と縁が薄い。そのため、かつては父子の物語を真正面に据えることはなかった。しかし、「真田丸」を書く少し前に息子が生まれたことで、戦国大名の親子関係に興味が掻き立てられたのだと思います。
・小説、映画「清須会議」
「真田丸」と同じ戦国時代の話ですが、実は丹羽長秀が真の主人公です。
清須会議は、織田家の幹部が集まって織田信長の後継者を決めた会議。出席者は4人で、筆頭家老の柴田勝家、羽柴秀吉、池田恒興、丹羽長秀。丹羽は信長の重臣で、勝家の盟友であり参謀的存在。歴史上ではスターの羽柴秀吉と勝家の陰に隠れて目立たない。主には勝家と秀吉が対立する話ですが、どちらにつくかで悩む丹羽の人間らしいところにとても共感できました。かなり前から長秀への思い入れは強いんです。
・舞台「コンフィダント・絆」
ゴッホ、ゴーギャンら4人の後期印象派の画家の友情を描いた作品。そのうちのひとりのエミール・シェフネッケルは、ゴッホの伝記を読んでいて偶然出会った人物です。
美術教師の彼はある時期、ゴッホの絵を預かっていました。そのときに、「ここはちょっと変えた方がいいな」と思って、ゴッホが描いた庭の絵にあった黒猫を塗りつぶしてしまったようなのです。そうした疑惑によって、世間からバッシングを受けた逸話が残っています。
さらに、シェフネッケルは、ゴーギャンの伝記にも出てきました。それもゴーギャンに奥さんを寝取られてしまっていたのです。なんて面白い人なんだと思い、彼の話を舞台にしようと思いました。
・ドラマ「わが家の歴史」(フジテレビ)
昭和時代には個性あふれる人たちが多くいました。本作は、昭和を生きた、ある大家族八女家の物語。彼らの視点を通して、実際にあった昭和の事件を描くとともに、昭和を彩った実在の人物23人を通行人のように登場させました。
エノケンより絶対にロッパ
昭和の著名人を出すにあたっては諸事情で出せなかった人もいた。例えば、ケネディ大統領を暗殺したといわれる、リー・ハーヴェイ・オズワルドは、あの時代、横須賀の米軍基地にいたことが分かっています。そこで、佐藤隆太さん演じる八女家の次男が、銀座でチンピラに絡まれて殺されかけるオズワルドを助ける話を考えた。残念ながらオズワルドのご遺族が見つからず、許可がもらえずに実現できませんでした。
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source : 文藝春秋 2022年1月号