戦後まもない時期に世界新を連発し、「フジヤマのトビウオ」と賞賛された水泳界のレジェンド古橋廣之進(1928~2009)。ありし日の姿を北島康介氏が語る。
北島さん
初めて古橋さんを見たのは、小学生のときでした。もっとも、お名前を知っている程度でしたが。
その後も大会に出るたびに会場でお見かけしました。当時は何も感じませんでしたが、今となれば、あれほどの方が、小学生の大会をプールサイドに座ってずっと見ているのが、どんなに凄いことなのかが分かります。心底、水泳が好きな方でした。
高3でシドニー五輪の代表になってからは、古橋さんの訓示を聞く機会が増えました。よく話していたのは、「戦中、学徒動員の工場で指を落とした」「戦後は食べ物がなくて、日大の寮で芋を作って食べた」などの苦労話です。失礼ながら古いなあと感じていましたが、古橋さんなりのお考えがあったのは、今ならわかります。当時、日本水泳は低迷しており、オリンピックや世界選手権でなかなか勝てませんでした。食うや食わずで泳いでいた古橋さんの目には、当時の現役選手は、恵まれた環境に安住して、必死さが足りないと映ったのかもしれません。
じつは、その恵まれた環境を作ってくれたのも古橋さんです。私も含め、日本のトップスイマーはほぼ全員が民間のスイミングスクール出身。学校の部活とは別に育成の場がある競技は多くありません。それも日本水泳連盟の役員としての古橋さんの尽力あってのことだと、いま東京都水泳協会の会長である私は感じています。
古橋廣之進
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source : 文藝春秋 2022年1月号