元自民党職員・議員が明かす。1億円超「選挙買収」の実態
集票マシンとしての地方議員
時は衆院選を間近にひかえた2014年11月末のことだ。京都市中京区にある自民党京都府支部連合会(以下、京都府連)4階にある会議室には、選対会議に招集された50人ほどの府議、市議が落ち着かない様子で待機していた。
名前を呼ばれると、彼らは1人ずつ3階の役員室に消えていく。
「〇〇先生からだ」
ソファにどっかり座った府連幹部はそう念押しすると、白封筒を手渡す。神妙な面持ちで封筒を受けとった議員は、領収書にサインすると、封筒を懐にねじ込む。手際よく配られる白封筒、そして阿吽の呼吸で懐に収める地方議員たち。
京都府連において国政選挙前の“恒例”となっている、この密室のやりとりが公になったことは一度もない。なぜならば白封筒には50万円が包まれており、それは「選挙買収」の資金に他ならないからだ——。
選挙買収といえば、2020年6月に公職選挙法違反容疑で河井克行・案里夫妻が逮捕された事件が記憶に新しい。河井案里氏は2019年7月に行われた参院選で広島選挙区から出馬し、当選を果たす。だがその裏で、克行氏が妻を当選させるため、票の取りまとめなどの報酬として、地元政治家ら計100人に計約2870万円を提供したことが発覚。東京地検特捜部によって夫妻は逮捕された。
昨年12月には、自民党の泉田裕彦衆院議員が、衆院選をめぐって星野伊佐夫新潟県議から「(選挙用の)裏金を要求された」と告発。泉田氏によると「泉田さん、勝負やろうや。2000万や3000万の金を惜しんじゃいけない」と持ち掛けられたという。対して星野県議は「裏金要求ではなく選挙にかかる費用を問われた際の答えだ」と釈明し、泥仕合となった。
これらの事件で明らかになったのは集票マシンとしての地方議員の存在、そして自民党の根深い金権体質だった。
自由民主党京都府連
〈いわばマネーロンダリング〉
いま筆者の手元には、京都における金権選挙の実態が記された数百枚の内部文書がある。
その一つが京都府連の「引継書」である。2014年に府連の事務局長が交代する際、事務局長の“表と裏の仕事”を後任者に引継ぐために作成されたという。
なかでも興味深いのが「選挙対策」の項目だ。選挙の裏工作について克明に記されている。
〈選対会議の開催と併せて、その会議の後には、各候補者からの原資による活動費を府議会議員、京都市会議員に交付しなければなりません。
この世界、どうして「お金!」「お金!」なのか分かりませんが、選挙の都度、応援、支援してくれる府議会議員、京都市会議員には、活動費として交付するシステムとなっているのです。
活動費は、議員1人につき50万円です。候補者が京都府連に寄附し、それを原資として府連が各議員に交付するのです。本当に回りくどいシステムなのですが、候補者がダイレクトに議員に交付すれば、公職選挙法上は買収と言うことになりますので、京都府連から交付することとし、いわばマネーロンダリングをするのです〉(原文ママ、以下同)
驚くべきことに、京都府連が「買収」のための50万円を「マネーロンダリング」していると、しっかり記されているのだ。
こうした内部資料の裏付け取材を続けるなかで、当事者の一人が重い口を開いた。長年、京都府連に勤務していた自民党元職員の上条和夫氏(仮名)である。
「国政選挙が行われるたびに、京都府連は、『引継書』に記されているような買収と隠蔽工作に手を染めてきました。衆院選・参院選の候補者が用意したお金を府連が一度預かり、その後、府連が府議と市議に渡す形をとります。1人につき50万円という金額も間違いありません。府連を通じた『マネーロンダリング』は、京都府連特有の隠蔽工作であり、こうした狡猾な仕組みが全国に広がってはいけないと考え、取材を受けることにしました」
さらに上条氏は「引継書」について説明する。
「『引継書』の原本は、京都府連内に製本されて厳重に保管されています。(筆者が入手した)この文書は、製本する前の文書であり、当時の事務局長が書いたものです。この事務局長は警察上がりの真面目な方で、後任が困ることがないように、『引継書』が作られました」
候補者と金額のリスト
では「マネーロンダリング」の実態とはいかなるものか。2014年の総選挙を例にあげ、上条氏の証言と内部資料を元に順を追って説明していく(下の表を参照)。
2014年衆院選における金の流れ
「引継書」が作成された2014年には衆院選(12月14日投開票)が行われている。第二次安倍内閣にとって初の解散総選挙であり、ここで自民党は勝利をおさめ、長期政権への礎となったと言われている。
まず【選挙区支部】→【京都府連】の流れを見ていこう。
「京都府連で活動費を取り扱った場合の寄附・交付金について(案)」という文書がある。総選挙まで1カ月をきった11月21日、京都府連で作成されたものだ。
衆院選の候補者が選挙協力を要請するために金を配る地方議員の名簿と、配る金の総額が記されている。
たとえば伊吹文明氏が出馬した京都1区には、15人(府議5人・市議10人)の地方議員がいる。15人×50万円で買収資金の総額は計750万円。同様にして、京都2区に出馬した上中康司氏から6区の安藤裕氏まで、全選挙区の候補者がいくら必要なのか明記されている。
〈伊吹文明 15人×50万円=750万円
上中康司 8人×50万円=400万円
宮崎謙介 8人×50万円=400万円
田中英之 9人×50万円=450万円
谷垣禎一 5人×50万円=250万円
安藤裕 6人×50万円=300万円〉
上条氏が解説する。
「このスキームが始まった当初、伊吹文明氏は『なぜ、こんなややこしいことをしないといけないのか?』と不満を漏らしていました。府連の幹部が細かく説明し、ようやく納得してもらったのです」
伊吹氏
京都府連に集められた買収資金は、地方議員に現金で配布される。それを裏付けるのが「選挙対策常任委員会並びに議員総会進行要領」という資料だ。
これは、会議の進行役を務める近藤永太郎幹事長(肩書は当時・現府議)のスピーチ用原稿である。日付は2014年11月29日となっており、衆院選の公示日(12月2日)直前だ。
〈本会議が終わりましたら、3階役員室に立ち寄っていただきたいと思います。衆議院選挙の活動費を皆様にお渡ししたいと考えております。
活動費の原資は、選挙区支部長、即ち候補者からであります。どうか候補者の熱い思いを組んでいただき、何としても候補者を国政に送り込むという熱い意識で、選挙には皆様の持てる力を十二分に発揮していただきたいと考えます。宜しくお願いします〉
「衆議院選挙の活動費」との文言があるが、前述した河井夫妻の例をみるまでもなく、特定の候補者の選挙運動をする見返りに報酬を支払うことは「選挙買収」であり、公職選挙法に抵触する。
この会議では近藤氏とともに、府連会長を務める西田昌司参院議員も選挙活動への発破をかけたという。
会議終了後、府議や市議は3階の役員室にひとりずつ足を運んで、白封筒を受け取るのだが、これが冒頭に記したシーンである。
「現金は、京都府連の経理スタッフが府連に隣接する京都中央信用金庫西御池支店(現在は移転)から引出し、新札で用意されます。そして役員室で府議や市議らに手渡す。議員はその場で領収書を書き、金を受け取る。会議に参加できなかった議員には、後日、個別に渡されます。受け取った金は、私的な飲み食いに使ったと話す議員が多かった」(上条氏)
こうした選挙買収を「合法」に見せかけるために編み出されたのが、政治団体を通じた会計処理だった。
2014年の「自由民主党京都府支部連合会」の収支報告書を開くと、まず目につくのが、衆院選候補者の選挙区支部などからの京都府連に対する多額の献金だ。
収支報告書から抜粋すると、以下のようになる。
・明風会(伊吹文明氏が代表をつとめる政治団体)
11月26日 7,500,000円
・自由民主党京都府第2選挙区支部(代表・上中康司)
11月26日 4,000,000円
・自由民主党京都府第3選挙区支部(代表・宮崎謙介)
11月28日 4,000,000円
・自由民主党京都府第4選挙区支部(代表・田中英之)
11月27日 4,500,000円
・自由民主党京都府第5選挙区支部(代表・谷垣禎一)
11月28日 2,500,000円
・自由民主党京都府第6選挙区支部(代表・安藤裕)
11月27日 3,000,000円
これらの金額は、前述の《京都府連で活動費を取り扱った場合の寄附・交付金について(案)》に記された額と完全に一致する。
「選挙区支部に支給される政党交付金から捻出する議員もいますが、政党交付金は国民の血税が原資です。伊吹氏だけ選挙区支部ではなく自身の政治団体から献金を行っていますが、『政党交付金には手をつけない』という伊吹氏なりの矜持なのかもしれません」(上条氏)
次に【京都府連】→【府議・市議】における金の流れ。
前述の「自由民主党京都府支部連合会」の収支報告書によれば、京都府連から「寄付」名目で42の政治団体などに50万円ずつ支出されている。また「交付金」として9つの自民党支部に50万円ずつ支払われている。計51の団体に配布された総額は2550万円となる。支出先の政治団体、自民党支部などを調べると、すべて府議、市議の関連団体であることが判明した。
つまり衆院選の候補者が府連に献金した総額2550万円が、府議や市議に流れている事実が収支報告書からも確認できるのである。
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source : 文藝春秋 2022年3月号