何歳になっても学ぶ――これが長く稼ぐコツ(取材・構成 =大野和基)
グラットン氏
「週3日在宅勤務」が標準になる
――新型コロナウイルスのパンデミックが引き起こしたであろう、最も大きな変化の一つが「リモートワーク」ですが、ご存知のように日本では、リモートワークがニューノーマルの一つになる絶好の機会であるにもかかわらず、第5波のあと出社する人が増えました。この現象は日本特有でしょうか。それとも英国も同じ状況ですか。
リンダ・グラットン(以下、グラットン) 働き方のニューノーマルがどのようになるかは、いま明言するのは非常に難しいです。まだ世界はパンデミックの渦中にあり、収束していません。英国では、12月半ばからリモートワークを再開しましたが、今またオミクロン株の蔓延に手を焼いています。日本と似たような状況ですから、リモートワークがニューノーマルになるかどうか予測するのはまだ早すぎます。
私はロンドン・ビジネス・スクールで「仕事の未来」という講座を担当してきました。コロナ下の調査で発見したことの一つは、「ハーバード・ビジネス・レビュー」にも書きましたが、「ハイブリッドワーク」の登場です。在宅勤務とオフィス勤務のミックス方式が世界中で普及しています。多くの人が在宅勤務でも生産性が下がらないことにも気づきました。
どの産業でも週に何日かは在宅勤務が可能であることがわかり、働き方を柔軟に変える企業も出て来ています。例えば、富士通では、本社や事業所以外にも、小さなサテライトオフィスを用意しています。都心や事業所まで出る必要がなく、週3日とか2日、自宅により近いサテライトオフィスに「出社」すればいいとしているのです。
富士通は、自宅での作業はもちろん、社外だけでなく社内にもサテライトオフィスを設けるなど、従業員がよりフレキシブルな働き方を選ぶことを推奨してきました。どのような改革もイノベーターとしてどこかの企業が成功すると、他の会社もそれに追随することがわかっていますから、富士通が成功を収めればこうした社内外のサテライトオフィスが広まっていくでしょうね。
日本での現状を見る限り、まだどれがニューノーマルになるとは言えません。でも、知識産業で働く人たちが、週5日出社する状態に戻りたいと思っていないことは確かだと思います。おそらく私の予想では「週3日在宅勤務」が標準になるのではないでしょうか。
富士通は「ハイブリッドワーク」
監視ツールはいただけない
――あなたは、コロナ後には企業がplaying field(競技場)を変えなければならないと提唱していますが、これはどういう意味ですか。
グラットン 雇用形態を柔軟に変えなければならないということです。日本ではまだ起っていませんが、欧米では「大退職時代(great resignation)」が本格化しつつあります。
パンデミックを経験し、人々は仕事に対しての見方を変えるようになりました。コロナ禍であまりお金を使わなくなったため貯金もあり、本当に自分がやりたいことや人生設計を見つめ直しているのだと思います。
企業サイドは、なかなか雇用形態を変えようとしませんが、こういう時代には先に変化したほうが勝ちです。例えば、リプトン、ダヴなどを展開する英国の消費財メーカー「ユニリーバ」は、「古い雇用の鋳型を破壊する」と宣言し、フルタイムの正社員と契約社員の中間的なポジション「U-Work」を作りました。このモデルでは、職務ごとの報酬に加え月額の固定給が保障され、さらに健康保険も提供されます。
フレキシブルでありながら安定的な雇用なので、フルタイムからU-Workに移った人もいますし、ある業務に半年間就いたあと長期休暇を取り、世界1周旅行に出た人もいます。このような中間的な形態を私は「第3の道」と呼んでいます。富士通のサテライトオフィス同様、ユニリーバのU-Workを模倣する企業は必ず出てくると思います。
ユニリーバは「雇用の鋳型を破壊」
――リモートワークが増えたことで、多くの企業が従業員の仕事ぶりを監視するための「監視ツール(ソフトウェア)」を使うようになりました。もちろん経営側の監視したい気持ちはわかりますが、それは社員を100%信頼していないからでしょう。経営側と社員の間の信頼はどのようにしたら醸成できますか。
グラットン それは今後のチャレンジの一つです。信頼の醸成だけではなく、やはりパフォーマンスをどのように測るかは、とても重要だからです。成果主義が一般的ではない日本では往々にしてパフォーマンスは出社しているかどうか、会社に8時間いるかどうかで測られてきた傾向があります。でも、在宅勤務の場合は、実際に今、本当に仕事をしているかどうかは経営側にはわかりません。だから「監視ツール」の活用となるわけです。
2つのことが言えると思います。1つは、言うまでもなく社員を信頼することの重要性です。コロナ下で普及した監視ツールは、いつコンピューターで仕事を始めたか、稼働時間はどれくらいか、などをモニタリングする。でも、そんなことは誰もされたいとは思わない。監視ツールは過渡的なもので、優れたものだとは思えません。社員にしてみれば、「あなたを信頼していません」と言われているようなものですから。
もう1つは生産性を向上させるための、よりよい尺度を見つけなければいけないということです。つまり何時間働いたかよりも、コロナ後には、仕事の成果を測ることがより一層重要になってくる。こういう尺度を開発するのに何年も費やしてきた会社もあります。
例えば、IBMは非常に強力な成果主義の会社として成長してきました。しかし、他の企業はIBMほどしっかりとした尺度を持っていません。ですから今後、リモートワークを導入していく上では、成果を評価する方法をしっかりと構築しなければならない。これはアフター・コロナの重要な仕事になるでしょう。
――でも、経営側に「私を信頼してください」と言っても、なかなか通じないでしょうね。
グラットン 経営側と社員との信頼関係は、採用プロセスと大きな関係があります。採用した途端に、「あなたを信頼していません」という態度を示すのではなく、信頼できない働き手であるとはっきりするまでは、「あなたのことは信頼する」という前提でなければならないのです。私の考えでは、「誰もが怠け者であり、働きたくないと思っている」という前提に立つよりも、「誰もがいい仕事をしたいと思っている」という前提に立った企業のほうが断然うまく行きます。
何歳でも再出発できる
――本誌の主な読者は、50代以上の教育水準の高い人々です。会社員や公務員の場合、終身雇用で60~65歳まで勤め上げると、その頃には子育ても一段落つき、それなりの退職金も得て引退生活が待っています。しかし、「何もしないで過ごす」ことには慣れていません。本音を言えば、悠々自適よりも、できればもう少し働きたい、でも満足できる職はなかなか見つからないのが実情と思われます。この問題を解決するのに、個人は何ができるでしょうか。もっと若い時点で、やっておくべき準備はあるのでしょうか。
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source : 文藝春秋 2022年3月号