コマツ「儲けはその次」

ニッポンの100年企業 第3回

ビジネス 経済 企業
北陸の地から世界へ雄飛したメーカーの背骨とは。

コマツの職は将来安泰

「株式会社小松製作所」と漢字の正式社名でしゃちほこ張るより、「コマツ」と平易な通り名で、さらには「KOMATSU」という英字表記のほうが私たちに広く浸透している会社なのではないであろうか。その英字ロゴを見かける場合のほとんどは、巨大な建設機械の黄色いボディーなどであろう。建設機械や鉱山機械のメーカーとして国内最大手であり、世界でも米キャタピラーに次ぐ。

 東京・赤坂に本社を移し、都心の1等地に地上10階、地下4階建ての自社ビルを構えて56年になる。屋上緑化を先んじた高層ビルとしても静かに知られている。

赤坂の本社ビル
 
本社ビル

 これからひと月あまりたつ季節のころ、国会議事堂のほど近く、皇居を囲む外堀通りと、六本木通り、あるいはその上を走る首都高速都心環状線の交わる大きな交差点から、屋上に桜の花と緑の葉がそよいでいる白亜の建物が視界に入ったのなら、それがコマツの本社ビルである。

 社名のとおり、石川県小松市で設立され、現在も社員研修施設などが置かれている。昨年5月、正式な会社設立から100周年を迎えた。工場は大阪や茨城、栃木などにもあるが、石川県全体にとってもむろん、とりわけ小松市にとっては由緒ある別格の存在であり、主要工場のひとつである粟津あわづ工場などを擁し、一帯はコマツの企業城下町である。

 親子代々、コマツに勤務し、「小松一家」と称してはばからない家庭が小松市には多いらしい。

 息子や娘がコマツに職を得ることは、本人以上に親にとって、将来の安泰を手に入れたも同然の幸いであり、誉れなのであるとも聞いた。石川県人にとり、あるいは小松市民にとり、コマツがいかに深く結びついてきたかが端的に表れていよう。

 いまも、ざっと市民の3分の1がコマツ関係者であり、中小零細を含む地元の関連・取引先企業は500をくだらないと、集めた資料にあった。

 北陸新幹線を、県内の主要都市であるJR金沢駅から、JR小松駅まで延伸させる工事が現在、佳境を迎えている。新幹線を小松駅まで伸ばすことは地元住民の長年の悲願であったらしい。現在でも、小松空港から小松駅へはタクシーで十分ほどと交通に不便はない。

 小松駅の目の前にあったコマツの小松工場跡地に創業時の旧本社社屋や工場の建物を復元するなどし、子どもたちが楽しめるアミューズメント施設として、またコマツの歩みを知る資料館として、2011年5月、「こまつのもり」がオープンした。社員の研修施設も備えている。赤坂の本社を頭脳とするなら、こまつの杜はさしずめ心臓部であろう。

 こまつの杜の入口前の広場には、巨大ロボットが現出したかのような黄色い超大型ダンプトラック「930E」、超大型油圧ショベル「PC4000」がピカピカに磨き上げられて鎮座し、運転席搭乗のデモンストレーションなどもしている。大人も子どもも運転席に座ることができる。マジンガーZだかガンダムだかが原寸大でお目見えしたかのような迫力に圧倒されていると、ちらちらと粉雪が舞ってきた。日本海に面した北陸の町であることを実感させる。

こまつの杜
 
こまつの杜

30年以上も使われる商品

 一般に、建設機械メーカーと、コマツは規定される。取り扱う商品は、長いものでは30年以上使用されるものもある。安価なものでも一機が新車で1000万円ほどとなり、大型ダンプトラックなどではさらに2億円、3億円とスケールが天井知らずのようになっていく。自家用車業界とは商品単価の桁が軽く2つ3つ異なり、海外展開を含めた連結決算で年商3兆円になんなんとする業容にコマツはのし上がってきた。

 2019年から第12代社長を務める小川啓之ひろゆきは、大阪に生まれ育ち、父が機械関連の仕事に携わっていたこともあり、「子どものときから、人の背丈の何倍もあるような大きなダンプトラックにかかわる仕事に就きたいと思っていました」と率直に話した。京都大学大学院金属加工学修士課程を修了後、コマツに入社する。

「私どもの製品は、大きく3つに分けられます。まず、建設機械、鉱山機械で、この2つの売り上げがおよそ90%、産業機械は10%ほどといったところです。近年では、これに林業機械を加えて拡大を図っています。大型の林業機械で単に木を伐採するだけではなく、植林の機械なども導入して生育させることで光合成を促して、CO2を吸収するサイクルにつなげていく試みです」

 建設機械とは油圧ショベルやブルドーザー、ダンプトラックなどであり、建設・土木工事などに用いられる。鉱山機械は、地中を掘り起こしたり、山を削ったりして、石炭や銅、鉄、金、ダイヤモンドなどの資源を得る。産業機械は、自動車や半導体などの製造のために使われる装置である。アジアなどでは対人地雷除去機も人命を救うために稼働している。

小川社長
 
小川啓之社長

「売って終わり」ではない

 建設・鉱山機械メーカーの難しいところで、同時に独自性を発揮する利点でもあるのは、製品を販売して終了とはならないことである。

 小川は、日本の建設機械のマーケットは購入とリース式がおよそ50%ずつであると話す。単価が高い製品であるだけに、ローンや金利をはじめとするファイナンス面でのビジネスも伴う。大型で特殊な機械になればなるほど、ユーザーは、操作・操縦をするオペレーターの手配やトレーニング、整備や修理のための部品、消耗品の購入、燃料代などの負担が大きくなる。機種にもよるが、部品や補修の手当てで、ユーザーの負担は新車購入価格の総計約2倍増になるともいわれる。

 メーカーにとっては、部品供給や中古機械の下取り、リセール(中古販売)と、機械本体の販売以上に、10年、20年単位での長いアフターセールスが重要であり、安定した収益の柱でもある。

 リセール市場について付言すると、日本製の建設機械は中古でも品質がよく、部品が充実していることで世界中の関係者に広く知られていて、高値で売買されている。その代表がコマツ製の建設機械であることはいうまでもない。こまつの杜の広場に展示されている超大型ダンプトラック930Eも、ショールームに置かれた新車のようだが、アメリカの鉱山で約4年、チリで約6年、24時間フル稼働して創業の地に凱旋してきたものである。

「われわれが手がけてきたのは製品の売り切りのビジネスではないんですね。ものづくり、アフターサービス、さらにお客さまの現場での施工をより安全かつ便利にするためのたゆまざる創意工夫。省力化や無人化、IT化、デジタル化と、より高い価値を創造していかなければなりません。そうしたことと同時に、製品を購入したお客さまが最後に中古で高く売ることができれば負担する総コストも低くできて、コマツの価値をより認めていただけるでしょう。つまり、モノとコト、この両方を全社を挙げて追求しています」

 国内に比肩しうる存在のない「ダントツ経営」を標榜したのは、2001年より07年まで社長を務めた坂根正弘(現・顧問)の時代からである。坂根は日本経団連の副会長として、周囲におもねらない一言居士として知られた。収益を後回しにしてでも品質を第一に重視し、頑として節を曲げぬ姿勢は、創業者が自ら率先垂範し、生き方として貫いてきたことであった。

コマツの沿革
1921年 竹内明太郎、小松製作所 設立
1924年 市販プレス第1号製作
1931年 トラクター国産第1号 完成
1938年 粟津工場(小松市)開設
1943年 国産ブルドーザーの元祖「小松1型均土機」を製作
1951年 本社を小松から東京へ移転
1953年 フォークリフト生産開始
1953年 ダンプトラック生産開始
1955年 初の建機輸出(アルゼンチン向け)
1961年 米キャタピラー社の進出に対抗するため品質向上対策を展開
1967年 アメリカへの輸出を開始
1968年 油圧ショベル生産開始
1991年 呼称を「コマツ」に統一
2001年 Komtrax(機械稼働管理システム)標準搭載開始
2002年 創業以来、初の営業赤字
2008年 無人ダンプトラック運行システムを世界で初めて市場導入
2011年 発祥の地に「こまつの杜」誕生
2015年 スマートコンストラクション(建設現場のICT化)開始
2019年 小川啓之社長 就任

創業者は吉田茂の兄

 コマツの創業者、竹内明太郎めいたろう(1860‐1928)は、幕末期の万延元年、現在の高知県宿毛市に、土佐藩士の長男として生まれる。18歳年下の異母弟に、のちの昭和のワンマン宰相こと吉田茂がいる。

 明太郎の父の竹内つな(1839‐1922)は、20代前半にして、窮乏する土佐藩の財政を地租改正によって立て直した。1873(明治6)年、34歳のとき、大蔵省に出仕することになる。父について13歳の明太郎も上京した。

 綱は、同じ土佐出身で2歳年長の板垣退助と近く、大蔵省を辞してさまざまな事業に乗り出しつつ、自由民権運動にも深くかかわる。やはり土佐の出で、1歳年長の後藤象二郎とも親交を深めていた。明太郎は、自由民権運動の指導者である土佐出身の中江兆民が開いた仏学塾で学んだ。こうした生い立ちと環境が人格形成に影響を与えぬはずがない。

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source : 文藝春秋 2022年3月号

genre : ビジネス 経済 企業