TOTO「ウォシュレットの革新力」

ニッポンの100年企業 第4回

ビジネス 企業 テクノロジー 商品
トイレを快適な場所に変えた企業を貫く創業者の志。

暮らしの革命

 日本語では「温水洗浄便座」と、やや堅苦しい表現になるが、すんなりと「ウォシュレット」という商品名で呼んでこそ、いまや暮らしに不可欠となった生活用品をすぐさま思い浮かべさせるのではなかろうか。

 お尻を温水シャワーで洗う——。私たちの多くにとって、トイレでのほんの短かな間の営みは、いまや当たり前の日常となった。便器にまたがり、ちり紙を手に取ることを子どものころから教え込まれてきた暮らしと比べて、大袈裟でなく革命であったといっていいのではないか。さらにいうなら、資源に乏しいからこそ発想と努力で人びとに役立っていく技術立国と自負した日本の名だたる大企業は、およそこの半世紀、ウォシュレット以上のまったく新しい製品とその革命に値する利便をどれだけもたらしたろう。

 お尻を温水で洗うという、すっかり暮らしに定着した行動は、男女も老若も国籍も人種も関係なく、利用者をみな清潔に、また快適にした。

 訪日外国人に、母国に帰っても使いたい日本の生活用品は何かと訊ねると、圧倒的にウォシュレットを挙げる声が多いと聞く。

 TOTOの第17代社長に清田徳明が就任したのは、2020年4月、最初の緊急事態宣言の発せられるさなかのことである。「終わりの見えない逆風を受けてのスタートでした」と、都心のオフィスビルにある東京汐留事業所の応接室で振り返る。

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清田徳明社長

温かい便座に感激

 1961(昭和36)年、福岡県北九州市生まれの清田は、トイレについて忘れ難い原体験がある。なお、TOTOでは「和風大便器」、「腰掛便器」などと称するようだが、本稿では私たちの使い慣れている表現を優先することをお断りしたい。

 小学校低学年のころ、北九州エリアに下水道が整えられたのを機に、清田家のトイレは汲み取りの和式から洋式の水洗型に一変した。清田は、両親が値段なども考慮して商品を選んだ末に、そのトイレがわが家に据えられたのであろうと考えている。

「いろいろ商品の選択肢もあったのでしょうが、初めて便座に座りましたら暖房便座で、あったかかったんですよ。忘れもしません。なんと快適なんだと半ば感激したんです」

 卑近な例でまことに恐縮なのだが、都内の拙宅のトイレに初めてウォシュレットを備えたのは、1991(平成3)年のことである。和式トイレの家に暮らす祖母が遊びに来た折、長々とその個室にこもっていて、ようやく扉を開けて出てくると、感に堪えない様子で目を細めた。

「あったかいトイレだねえ。座っていたら、気持ちよくて眠りそうになっちゃったわ」

 私の祖母より、おそらくは20年ほど前に、北九州で暖房便座にカルチャーショックを受けた清田少年も、当時はどこのメーカー製であるかとさして気にとめることはなかった。

 地元の高校に進んだころ、清田家の洗面台から湯が出るようになる。

「朝、とくに冬は、冷たい水で顔を洗うのがものすごく嫌でした。それがある日、お湯が出るようになったんです。たいへん感動しましてね。たぶん給湯器は別会社のものだったと思いますが、蛇口には『TOTO』というロゴがあったのをよく覚えています。なんと素晴らしい発明なんだと感動するほどで、すぐにTOTOが地元の会社であることを知って急に親近感が生まれました」

 このころ、正式社名は東陶機器といい、商標や商品ロゴとしては「TOTO」に統一していた。

 ことし5月、創立105年となるその歴史は、一途にして、ときに隘路に陥りもしてきたが、強い信念と涙ぐましい苦闘によって刻まれてきた。

 いにしえの時代、人は川に跨って用を足した。便所をかわやと呼ぶようになったゆえんといわれる。それが近代になって水洗式に変わり、洋式トイレが主流になった。ウォシュレットを誕生させたTOTOの系譜をさかのぼると、美しい絵付けやデザインで知られる高級洋食器メーカー、ノリタケカンパニーリミテドに行き着く。ノリタケの社名は、創業の地である愛知県の則武という地名に由来し、現在もそこに本社が置かれている。

 貿易を生業とする森村組(現・森村商事)を興した森村市左衛門と、書店や洋紙店などを営んでいた大倉孫兵衛らによって、ノリタケの前身、日本陶器が1904(明治37)年に合名会社として創立される。孫兵衛の長男、大倉和親かずちか(1875‐1955)は、慶應義塾を卒業後、渡米して学ぶ。森村組のニューヨーク店などで働き、9年の欧米滞在を経て帰国して、日本陶器の創立と同時に代表社員となる。欧米のトイレが日本のものと比べ、いかに便利で衛生的であるかをよくよく知る和親は、それを「衛生陶器」と呼び、いずれ日本にも必要になると確信した。日本に下水道もほとんどない時代に、和親は試作と苦労の連続の末、1914(大正3)年、国産初の腰かけスタイルの洋式水洗便器を完成させる。

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復元された国産初の腰掛式水洗便器

 衛陶生産本部長の山﨑政男は、祖業の便器づくりのエキスパート、よりいうなら鬼である。そして、志を熱く語ってやまぬ九州男児である。

「元は食器をつくる会社だったのに、大倉和親は、日本に帰ってきて、まだ汚いものとして嫌われていたトイレの研究をいきなり始めました。欧米の生活文化を知ったために、彼らに追いつき、日本人の暮らしを清潔なものにしようという使命感が和親さんを突き動かしたのでしょう。TOTOの105年は、使命感の歴史だったといえると私は思っています」

 1917(大正6)年に日本陶器が株式会社化されると、和親は初代社長に就任する。同じ年、衛生陶器の製造販売を本格稼働させるべく、日本陶器は北九州市小倉に工場を建設し、東洋陶器として分社化する。社長に和親が就いた。社名などの変遷について先に記しておくと、TOTOという商標を用いるのは1969(昭和44)年のことである。翌70年に東洋陶器から東陶機器と、2007(平成19)年に現在のTOTOと商号を改めている。

TOTOの沿革
1914年 大倉和親、国産初の腰掛式(洋式)水洗便器開発に成功
1917年 東洋陶器株式会社 創立
1955年 創立者・大倉和親逝去
1963年 ユニットバス開発に成功
1964年 アメリカから温水洗浄便座を輸入して発売
1968年 洗面化粧台の発売
1969年 商標を「Toyotoki」から「TOTO」へ変更
1969年 温水洗浄便座を国産化
1970年 社名を東洋陶器株式会社から東陶機器に変更
1977年 海外へ初進出(インドネシアに合弁会社設立)
1980年 ウォシュレット発売
1981年 システムキッチン発売
1982年 「おしりだって、洗ってほしい」というCMが話題に
1989年 アメリカに拠点を設立
1993年 リフォーム事業へ本格進出
2007年 TOTO株式会社に社名変更
2019年 ウォシュレット出荷5000万台突破
2020年 清田徳明、社長へ就任

小倉から世界へ

 小倉は、衛生陶器の原料となる陶石や粘土を入手しやすく、筑豊からは燃料となる石炭が豊富に採掘できること、さらに同じ市内にある門司港はアジアへ開かれているという地の利に優れていた。社名に東洋と冠したところには、世界へ打って出ていくという将来像が込められていた。現在も本社を小倉に置き、衛生陶器の製造工場や研究施設、創立100周年の記念事業として開設された最新鋭の真っ白いTOTOミュージアムなどがある。旧工場の建屋も残り、100年超の歴史を雄弁に物語る。広大な敷地の内外を歩いていると、周囲の景観に馴染んでいて、懐かしささえ醸す企業城下町をなしている。

 森村組から発展した森村グループは、ノリタケやTOTOのほか、日本ガイシ、NGKというブランドで知られる自動車用スパークプラグで有名な日本特殊陶業などを擁する。

 TOTOグループは、現在、トイレやユニットバスルーム、システムキッチンといった主力商品を、大分・中津、滋賀、神奈川・茅ヶ崎、岐阜、茨城、千葉、そして森村グループとゆかりの深い愛知など全国の工場で生産するが、変わらず小倉を本拠地としてきた。原料などの調達や門司港の存在が成長に欠かせなかったからとはいえ、それだけでもない。

 社長の清田は、人さし指と中指を下に向けて逆Vサインのような形を示して見せながら、「もう一つ理由があるんです」と微笑んだ。

「小倉を中心にして、コンパスで円を描くイメージを持っていただくとわかりやすいんですよ。たとえば東京と上海がほぼ同心円上になるわけです。つまり、距離がだいたい一緒なんですね。アジアに行くにも小倉は断然、便がよく、グローバルに活動しやすい。私自身は主に小倉と東京を行ったり来たりしています」

 2拠点のビジネスのありようを、会社、そして経営者の身に置き換えつつ、たとえてみせた。

 大倉和親の信条から定められた企業理念「良品の供給、需要家の満足」を、今日のTOTOも掲げる。

 衛生陶器、つまりトイレは、陶磁器と同様の焼き物である。部外者立ち入り禁止の小倉第一工場内を案内しながら、山﨑政男は「どうぞいくらでもご覧ください。見ていただいても真似できませんから」と、鷹揚かつ不敵に笑った。

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創業者の言葉

「秘伝のたれです」

 前述のように、陶石や粘土、山﨑いわく「要するに天然の石ころ」と水とを、直径4メートル大のシリンダーミルという茶筒状の攪拌機で20時間ほど混ぜ合わせて回転させる。人の拳大であった石がぶつかり合って砕かれ、水と馴染んでゆき、泥漿でいしょうと呼ぶ、とろみのある原料になる。便器の形につくられた型に、この泥漿を流し込む。洋式便器の場合、便座のあたる上部と、水のたまる下部とを別々につくる。

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source : 文藝春秋 2022年4月号

genre : ビジネス 企業 テクノロジー 商品