中山道を歩く

巻頭随筆

安藤 久佳 前経済産業事務次官
ライフ ライフスタイル SDGs

 私は、歩くことが好きである。加えて古いものが好きだ。これを掛け合わせると、札所巡り、山城探索、そして街道歩きとなる。

 社会人生活が一段落したこともあり、昨年夏、江戸日本橋から京三条大橋を目指して中山道六十九次を自分の脚で歩き始めた。物の本によって若干の違いはあるが、約135里、530キロ。一気に歩くのは難しいので、何回にも分けて、冬に、ようやく“ほぼ”歩き終えることができた。“ほぼ”とある理由は後ほど、お話しする。

 さて、歩いているといくつか気づくことがある。旧街道は、まっすぐな道筋がほとんどない。大半がいわば川のように、ゆったりとうねっているのだ。宿場の出入り口にある枡形は、侵入者の出鼻をくじくため道を人工的に屈曲させたものだが、街道の、そこはかとない曲線は何を意味しているのだろうか。

 また街道沿いに点在する立派な旧家の屋根を眺めると、凝った作りの卯建を目にすることができる。「うだつが上がらない」の語源となった「卯建」である。卯建という物は、何の苦労もなく勝手に「上がる」ものではなく、富と権威の力で一生懸命「上げた」ものだということがよくわかる。

 そんな他愛のないことに加え、しばしば見受けられたのが山々の荒れた風景。「木曽路はすべて山の中である」との藤村の言葉を引くまでもなく、人の生活と密着した里山から冬場は旅人の前に厳しく立ちはだかったであろう峠道を、中山道は縫うように進んでいく。その各所で山が荒れているのである。

 山の斜面が木々ごと土砂崩れを起こしざっくり抉られたところ、かなりの巨木が見事なほどに何本もなぎ倒されたところ、竹やぶや雑木林がぐしゃぐしゃに絡んだように放置されたところ……。「風水害によって傷んだ箇所が、直す間もなく次の攻撃にやられた」。たまたま出会った住民の方々は、山が晒されるいわば波状攻撃のような状況をそう嘆いていた。

「観測史上最も多くの雨」「数十年に一度の暴風」こういった警告を聞くたびに、つい少し前にも確か同じ言葉を聞いたと思うのは私だけであろうか。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
新規登録は「月あたり450円」から

  • 1カ月プラン

    新規登録は50%オフ

    初月は1,200

    600円 / 月(税込)

    ※2カ月目以降は通常価格1,200円(税込)で自動更新となります。

  • オススメ

    1年プラン

    新規登録は50%オフ

    900円 / 月

    450円 / 月(税込)

    初回特別価格5,400円 / 年(税込)

    ※1年分一括のお支払いとなります。2年目以降は通常価格10,800円(税込)で自動更新となります。

    特典付き
  • 雑誌セットプラン

    申込み月の発売号から
    12冊を宅配

    1,000円 / 月(税込)

    12,000円 / 年(税込)

    ※1年分一括のお支払いとなります
    雑誌配送に関する注意事項

    特典付き 雑誌『文藝春秋』の書影

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2022年4月号

genre : ライフ ライフスタイル SDGs