五大陸で科学的に調査

世界最高の長寿食 第1回

家森 幸男 武庫川女子大学国際健康開発研究所所長
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「健康寿命」は意外に短い

 私はこれまで、約40年にわたって世界25か国61の長寿・短命地域を訪れ、その土地の人が食べているものを調べることで、食と健康・長寿の関係を研究してきました。

 都市部から世界の秘境と言われるような地域まで、その土地の方が実際に食べたものをまる1日の尿から調べ、健診をして健康状態を知ることで、長寿地域、短命地域の人が「何をどのように食べているのか、または食べていないのか」を客観的に調査し、科学的に分析を続けてきました。

 その結果「健康寿命は食べ物によって延ばせる」ということや、「世界最高の長寿食とはどういうものなのか」がようやく明らかになってきました。

 私自身、今年で85歳になりますが、研究の結果明らかになった「世界最高の長寿食」を日々実践しているためか、元気に現役で研究を続けることができています。

 コロナ禍前までは、自宅のある京都から西宮の武庫川女子大学まで毎日電車で出勤していました。講演や執筆活動も多くこなしています。

 コロナで海外の現地調査には行けていませんが、現在もポーランドで更年期障害予防の研究を行ったり、京大の長浜コホート研究に協力し、栄養による認知症予防の研究などに取り組んでいます。

 私と同じような食生活をしている妻も80歳ですが、今も毎日開業医として働いており、健康診断でもどこも悪いところはありません。

「世界最高の長寿食」を実践すれば誰でも確実に、健康に長生きできる可能性があると私は確信しています。

 現在、日本人の平均寿命は、男性81歳、女性87歳と、男女平均で世界一を誇っています。しかし、日常生活が制限されることなく元気に過ごせる「健康寿命」は、男性73歳、女性75歳と、意外に短いのが実情です。

 平均寿命から健康寿命を引いた男性約8年、女性約12年は、生きてはいても、寝たきりや認知症などになり、医療のお世話になっている方が多いということです。

 何が日本人の健康寿命を短くしているのでしょうか?

 その最大の原因は脳卒中です。

 脳卒中は脳梗塞や脳出血、クモ膜下出血など脳の血管に起こる障害の総称で日本人の死因としては第4位です。しかし、死に至らなくても、後遺症が残り、一生、寝たきりになることも多いのです。

 また、認知症も健康寿命を妨げる大きな原因ですが、脳卒中は認知症全体の2割を占める脳血管性認知症の原因にもなります。

 他の寝たきりの原因としては、女性に多い骨粗しょう症も要注意です。転んで骨折したのを機に寝たきりになる方も多いからです。

 せっかく長生きできるなら、最後まで健康で元気に生活したいのは、すべての人の願いでしょう。

 健康寿命を阻害する脳卒中や認知症、骨粗しょう症などと、食生活との関係が分かれば、誰でも自分で健康寿命を延ばすことができるようになるのです。

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(画像はイメージです)

塩で死に絶えるラット

 私が医者になった1960年代は、脳卒中が日本人の死因の第1位でした。私の祖父母も脳卒中で亡くなりました。私はその脳卒中を減らしたいという志を持って、大学院で基礎医学の道に入りました。

 医学の研究には動物実験が欠かせませんから、脳卒中の研究をするためには、「脳卒中を起こす動物」が必要です。しかし脳卒中は、実は人間にしか起こらないのです。そこで、まずは、脳卒中を100%遺伝的に起こすラットの開発に取り組みました。

 当時、私の進んだ京都大学の病理学教室では、恩師の岡本耕造先生と青木久三先生が、高血圧のラットをかけあわせ、「100%高血圧になるラット」の開発に世界でほぼ初めて成功したばかりでした。

 ご存知の通り人間は高血圧になると脳卒中のリスクがあがります。しかしそのラットは、高血圧にはなっても脳卒中にはならないのです。

 そこで、高血圧ラットを3000匹飼って一生追跡し、死んだ時に脳に少しでも出血とか梗塞が起きているラットを見つけたら、その子孫だけを残してかけあわせるという手法で、ついに「遺伝的に100%脳卒中を起こすラット」が誕生しました。これに10年の月日を費やしました。

 今度は、この「脳卒中ラット」を使い、どうしたらそれを予防できるのかの実験に取り組みました。

 まず脳卒中ラットを、1%の食塩水を与え続けるグループと与えないグループに分けたところ、「食塩水グループ」は次々と脳卒中を起こして100日以内に全滅しました。1%というとお味噌汁程度の塩分ですが、それでも差は歴然でした。

 ところが、「食塩水グループ」のラットでも、大豆や魚のたんぱく質を多く与えると、寿命は倍に延びました。ここにカルシウムを加えるとさらに倍になり、マグネシウムを加えると食塩水だけのグループの約5倍の寿命になりました。

 少なくともラットでは、「食べ物で脳卒中を予防し寿命を延ばすことができる」という事実が明らかになったのです。

WHOが認めてくれた

 その研究成果を1982年のWHO(世界保健機関)の専門委員会で報告するとともに、今度は人間でもその関係を調査したいと思い、「栄養と健康の関係に関する世界調査」の必要性を提言しました。世界にはさまざまな長寿地域や短命地域がありますが、そこで食べられているものを調べることで食と寿命の関係を明らかにしたいと思ったのです。

 幸いなことに、当時のWHOの事務局長が研究の必要性は認めてくれたものの、「研究費として100万ドルを日本で集める」という条件を出されました。当時は1ドルが280円換算で、日本円で2億8000万円という途方もない額です。

 そこで、私は日本中を講演して回り、世界の食と健康の関係を調べることによって健康寿命を延ばす研究の必要性を訴えました。結果として2年間で、なんと30万人もの方が、おひとりコーヒー代くらいの寄付に応じてくださいました。

 さらに、円高のためにその後1ドルが150円になるという運にも恵まれ、無事、総額約101万ドル(約1億5180万円)をWHOに寄付しました。

 こうして、1985年から、世界五大陸61の地域をカバーする、食と健康に関する壮大な研究が始まったのです。

「食と健康の関係を調査する」と言葉でいうのは簡単ですが、それを科学的な裏付けのあるものにするのは大変です。私たちが最も苦労したのは、世界の人々が摂っている栄養を、どうやって同じ「ものさし」で測るか、でした。

 それまで、栄養調査は「この3日間で食べたものを挙げてください」など「聞き取り調査」が主でした。しかしそれはあくまで自己申告にすぎません。しかも、食品に入っている塩分などは見えませんから、正確に分からないわけです。

 そこで目を付けたのが尿です。食べたものは必ず排泄されますから、尿を分析すれば摂った栄養が分かります。ただし、食べたものを分析するには、1回の尿ではなく、24時間分の尿が必要になります。

 毎日忙しく動いている方々に1日分の尿をためてくださいとお願いするわけですから、それが手軽にできる採尿器は必須です。

 そこで2年間かけて開発したのが、ビールジョッキのような特別な採尿器です。中に排尿し、ボタンを押すとワンタッチで毎回の排尿量の1/40の量だけがたまり、残りを捨てられます。

 この採尿器のおかげでシルクロードの遊牧民からアフリカのマサイ族まで、様々なライフスタイルの人たちが1日に摂った栄養素を正確に分析できるようになったのです。

 30年以上かけて、世界各地をめぐり、48歳~54歳の男女各約100人を地域ごとに選び、血圧測定や採血、尿の採取をしてきました。

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マサイ族

マサイ族を健診する

 調査に行く先は設備の整っていない村や集落がほとんどです。馬での移動やテント生活は当たり前、現地の食事に慣れずに体調を壊すことも日常茶飯事でした。

 アフリカのマサイ族の健診では、槍を持ったマサイ族が見守る中、緊張しながら血圧を測定しました。

 インドの貧困層が住む地区では、毎日屋台の天ぷらを食べ、お腹の不調を我慢して健診を続けた結果、日本帰国とともに腸閉塞と多臓器不全が判明、即入院となりました。

 また、血や尿を神聖視するアボリジニの方々とは交渉が難航し、ご協力いただくまでに20年の年月がかかりました。

 こうして、様々な苦労の末に世界の長寿地域・短命地域に住む約1万4000人の尿や血液のデータが集まりました。

 そのデータを細かく分析することによって、健康長寿と食の科学的な関係が、ようやくはっきりとわかってきたのです。

 この連載では、健康寿命を楽しむ賢い食べ方を明らかにしていきますが、ここで簡単に、長寿・短命に大きな影響を与えると分かった4つの食品についてお話ししておきたいと思います。

決め手は4つの食品

 まず第一に「塩」です。世界中のどの地域でも塩を多く摂る地域は短命で、少ない地域は長寿の傾向が見られました。

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source : 文藝春秋 2022年4月号

genre : ライフ ヘルス グルメ