「核共有」の議論から逃げるな

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中国・ロシア・北朝鮮からこの国を守るために

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安倍氏

綺麗事では国民や国土を守れない

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、すでに1カ月が経過しましたが、状況は悪化するばかりです。原子力発電所などの核関連施設や、病院・学校などの民間人への無差別攻撃などが相次ぎ、プーチン大統領は「現代のロシアは世界で最大の核保有国の1つ。我が国への直接攻撃は、どんな潜在的な侵略者に対しても、壊滅と悲惨な結果をもたらす」などと、核兵器の使用までちらつかせている。そして実際、核戦力部隊に厳戒態勢に入るよう指示を出しています。

 1962年のキューバ危機を再現するかのごとく、核の脅威が突き付けられ、世界の安全保障は大きな岐路に立たされています。

 たとえば欧州では、安全保障への支出を増やす大きな流れが生まれている。ドイツのショルツ政権は、国防費をGDP(国内総生産)比で2%以上に引き上げる方針を発表しました。NATO(北大西洋条約機構)の統計によると、ドイツにおける2021年の国防費の対GDP比は、1.53%程度となる。かなり大きな方針転換です。

 そんな状況下で、日本も綺麗事を言っているだけでは、国民の命や国土を守ることはできません。我が国の周辺にはロシアのみならず、北朝鮮、中国といった核保有国が存在している。北朝鮮は3月24日、新型のICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星17」の試験発射に成功したと発表しました。アメリカ全土が射程圏内に入ると見られ、安全保障上のリスクは高まっています。

 核の脅威に対し、世界ではどのようにして国家の安全が守られているのか。現実を冷静に分析し、様々な選択肢を視野に議論すべき段階なのではないでしょうか。

 核シェアリング(核共有)も含め、様々な選択肢を議論すべき時に来ています。

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北朝鮮のICBM

核を放棄したウクライナ

 アメリカの核兵器を同盟国内に配備し、核兵器を共同で使用する「核シェアリング」の議論が、日本国内で高まっている。契機となったのは、2月27日に放送された『日曜報道 THE PRIME』(フジテレビ系)における、安倍晋三元首相の発言だった。

 同番組のレギュラーコメンテーターである元大阪府知事の橋下徹氏が、「ウクライナの情勢を見てつくづく思ったのは、やっぱり自分たちの国を守る力が絶対に必要だと」と前置きした上で、安倍氏に次のように投げかけた。

「核シェアリングもこれからの日本では議論していくべき。NATOは現実的に核シェアリングをしているから、ロシアも簡単に手を出せない。核は絶対に使っちゃいけないんですけど、そういうのもしっかり議論するということは、これから必要ですよね」

 これを受けて安倍氏は、

「様々な選択肢をしっかりと視野に入れながら議論をしていくべきだろうと思います」

 と同意した。発言の真意はいかなるものか、日本において核シェアリングは可能なのか――安倍氏に聞いた。

 実は、ウクライナは1990年代、米ロに次ぐ世界第3位の核保有国だった時期がありました。もともとソ連は、西側に距離が近いウクライナを軍事戦略上の重要地域と見なし、大量の核弾頭を配備していた。ソ連崩壊後、それらの兵器がそのまま引き継がれることとなったのです。しかしウクライナの国力では、とても核兵器の維持費を負担できない。1994年のブダペスト覚書で、核兵器を放棄することを条件に、アメリカ・ロシア・イギリスが「ウクライナの領土的統一と国境の不可侵」を保証することになりました。

 残念ながら同覚書は反故にされてしまいましたが、ウクライナには核兵器をゼロにするのではなく、いくつかの戦術核(射程が500㎞以下の核兵器)を維持するなど、様々な選択肢があったと考えられます。今回のロシアの侵攻に際して、もしウクライナが核の抑止力を何らかの形で残していれば、ロシアの軍事侵攻はなかったのではないか。そんな議論も起きています。それほど核の抑止力は安全保障上の戦略において重要なのです。

 では「核シェアリング」とは、どのようなものか。世界でこのシステムを採用しているのは、欧州の軍事同盟であるNATOのみとなるため、日本では耳慣れない言葉かもしれません。

 核シェアリングの歴史は、米ソ冷戦時代にまで遡ります。対ソ連のフロントラインとして考えられていた、ドイツ・ベルギー・オランダ・イタリア・トルコの5カ国に、アメリカの核兵器を抑止力として配置することになった。冷戦終結後も核兵器の配備は維持され、アメリカは今も、NATO域内に約100発の戦術核を貯蔵しています。

 ドイツを例に挙げると、国内に配備されている核兵器は、平時には格納庫に貯蔵され、アメリカによって管理されています。非常事態にNATO軍のコンセンサスを得られれば、ドイツ空軍が戦術核を運搬し、目的地に投下することになる。NATO内でのコンセンサスを得るプロセス、格納庫からミサイルを出し、飛行機に積んで飛び立っていくという一連の流れは、定期的な訓練で何度も確認されています。

プロセスを共有すべし

「日本だってアメリカの核の傘に守られているじゃないか。現状を変更する必要はあるのか」

 このような意見も出てくるでしょう。確かに、日本が核攻撃を受けた場合、アメリカは自国への攻撃と同一と見なし、相手国への核攻撃をおこなうことを保障しています。ただ、この「核の傘」がどこまでの抑止力を持っているのか、改めて精査する必要があるのではないでしょうか。

 まず日本の場合、自国が核攻撃を受けた場合、報復するかどうかの判断はアメリカに完全に委ねられており、日米間で協議するプロセスは想定されていない。核兵器を使用するにしても、運搬・投下は米軍の仕事となります。また、国内の潜水艦・航空母艦はもちろん、米軍基地があるグアムやハワイにも戦術核は配備されていない。日本が他国から攻撃を受けた場合、どこから飛行機が飛び立ち、どのように相手国に報復するのか、具体的なプロセスを共有していないのです。

 一方、NATOにおける核シェアリングでは、当事国の国内に核兵器が配備されていますし、核を使用するかどうかの議論には当事国が参加することが可能です。核を自国内で使用する場合には、使用への拒否権ももつ。当事国が核兵器使用のプロセスに深くコミットできるため、より大きな抑止力を保持することができるのです。

「拒否」と「懲罰」

 安全保障戦略における抑止力は、「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」の2つに分類されています。

 拒否的抑止とは、攻撃を無効にする能力を示すことで、相手に攻撃を思いとどまらせる考え方で、ミサイル防衛が代表的な手段となります。これに対して懲罰的抑止とは、多大な被害を与える意図や能力を示すことで、相手に攻撃を思いとどまらせる。「攻撃をおこなえば報復されるかもしれない」と相手に思わせることで、抑止が働くわけです。

 この2つを比較すると、抑止力として力を発揮するのは、圧倒的に後者の「懲罰的抑止」となります。ところが前述のように、日本は懲罰的抑止の全てをアメリカに頼っている。我が国の平和と安全は、相手国がアメリカからの報復の可能性をどう考えるかにかかっています。この報復の可能性にどれだけ現実味・真実味をもたせられるかで、抑止力の効果も変わってくるのです。

 だからこそ、日本は核を巡る意思決定に、深く関与すべきです。アメリカと協議の場を持とうとすることは、同盟国としての絆の強さを周辺国に見せつけることにもなる。NATOにおける核シェアリングから学ぶべきポイントはここにあります。

 アメリカの抑止力をどのような形で日本に展開していくのか、核攻撃をおこなう場合は議会に諮るのかなど、拡大抑止のプロセスを明確にするための議論は必要になるでしょう。

 日本は世界で唯一の戦争被爆国であり、これまでの政治は、核を巡る議論に強く踏み込めずにきた。核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」を宣言する非核三原則は国是であり、容易に変更できるものではない。

 安倍氏の発言を受けて、岸田文雄首相は3月2日の参院予算委員会で、「日本の領土内に米国の核兵器を配備し共同運用する『核共有』について、政府として議論しない」と語っている。

 3月16日には自民党の安全保障調査会が、有識者から意見を聴取したうえで、核シェアリングについては当面採用しない方針を明らかにした。党内で議論が継続される見通しも立っていない。

 広島・長崎における惨禍は2度と起きてはならないことです。また日本は非核三原則を謳っており、NPT(核拡散防止条約)の加盟国でもある。核についてのハードルが高いことは重々承知しています。

 非核三原則は過去にも、「持ち込ませず」の範囲を巡り、議論が巻き起こったことがあります。

 民主党政権下の2010年、外務省の有識者委員会による調査の結果、核兵器の持ち込みについて日米間の密約が存在したことが明らかになりました。核兵器を積んだ米軍の原子力潜水艦や航空母艦の一時寄港を、日本側が黙認していたのです。この事実は、非核三原則の形骸化を物語っています。

 当時外相だった岡田克也さんは、報告書公表後の答弁で次のように発言しています。

「核持ち込み、一時的寄港を認めないと日本の安全が守れない事態が発生すれば、その時の政権が命運を懸けて決断し、国民に説明する」

「国民の安全が危機的状況になったとき、原理原則をあくまで守るのか、例外を作るのかは、その時の政権が判断すべきことであり、将来にわたって縛るわけにはいかない」

 国を守るために、時には思い切った判断が必要になる――。岡田さんの答弁は、日本の安全保障政策の重要な点を突いている。岸田総理も、現政権は岡田答弁のスタンスを踏襲していると明言されています。

 非核三原則の変更は国内外の大きな反発も予想され、無理があります。私も首相在任中、堅持すべきとの立場をとってきました。そこで、まず核についての認識を深め、国民も巻き込んだ議論をおこなっていくことが重要です。それだけでも大きな一歩となるはずです。

「日本は非核五原則だ」

 日本は核への忌避感情が強く、核を巡る議論は長らく遠ざけられてきました。私の盟友、故・中川昭一先生は常々、「日本は非核三原則ではなく、非核五原則だ」とおっしゃっていた。「持たず、つくらず、持ち込ませず」に加えて、日本には「言わせず」「考えさせず」まであると。日本の核アレルギーを、非常に的確に表した言葉だと思います。ずいぶんと前になりますが、アメリカの高官から「日本ではなぜ、核抑止の具体的な議論がなされないのか、不思議だ」と伝えられたこともありました。

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source : 文藝春秋 2022年5月号

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