「東大でマウスの解剖してます」

有働由美子のマイフェアパーソン 第40回

ライフ 芸能 ライフスタイル 教育
news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、タレントのいとうまい子さんです。
画像1
 
いとうさん(左)と有働さん(右)

有働さん、NHKにいたから真面目すぎるんですよ

 有働 10代の頃、いとうさん主演のドラマ「不良少女とよばれて」をテレビにかじりついて観ていました。今では大学での研究をはじめ、たくさんの肩書きをお持ちだとか。

 いとう 芸能のお仕事は引き続きやっていますが、他にはテレビ番組企画制作会社を経営しています。社員50人くらいの会社です。

 有働 50人も!

 いとう はい。ディレクターやADなどをテレビ局に派遣して、番組制作に携わっています。あとは、自分が所属する芸能事務所の経営もしています。

 有働 経営者としては、制作会社と芸能事務所の2つがあると。

 いとう そうです。また、昨年末からは不動産関係の上場企業の社外取締役も務めています。毎月の社外取締役会で、私は基本的に株主様の立場に立って、主にITやDXの観点から会社の運営をチェックして意見を述べています。

 有働 それも重責ですが、さらにご自身の研究も注目されていますね。

 いとう 早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程を満了して、4月からは東大大学院の研究生として、博士論文を仕上げるために頑張っています。専門は基礎老化学、アンチエイジングの研究です。

 有働 今挙げていただいただけで5つの顔があるわけですね。どれが1番忙しいですか。

 いとう コンスタントにやらないといけないのは大学の研究ですね。細胞を扱っていて放っておくと死んでしまうので、今はそれを毎日ケアしながら実験を繰り返すことに時間を費やすことが多いです。

 有働 素人質問で恐縮ですが、そもそも基礎老化学の研究というのはどういうものなんですか。

 いとう どこから話したらいいかな……世界を震撼させたアカゲザルの食餌制限研究はご存じですか。

 有働 えっと……すいません。

 いとう アメリカの研究者が、一方のサルには餌をお腹いっぱい食べさせ、もう一方のサルの餌は30%カロリーオフにしたんです。20年以上たった様子を写真に撮ると、前者はヨボヨボのお年寄りのお猿さんで、後者は毛並みがツヤツヤで若々しいお猿さんになっていたんです。サルに限らず動物にはサーチュイン遺伝子というのがあって、そのスイッチが入ると老化を遅らせることができるんです。

 有働 へー、面白いですね!

細胞手持ち - コピー
 
白衣姿で細胞を手に持つ

職業「人間」みたいな

 いとう 他に有名なものでは、赤ワインに含まれるポリフェノールの一種でレスベラトロールという成分が、マウスの老化を止めたという実験結果があります。ただ、人間に効果があるかはわかっていなくて。マウスと同じような効果を得るには、1日ワイン100本くらい飲まなきゃいけないんじゃないかと。

 有働 逆に体に悪い(笑)。

 いとう そうなんです。だから私は同じような働きをする食品成分を探そうと、今は東大大学院の農学生命科学研究科で共同研究をしています。マイルドに老化を遅らせることができる食品を見つけようと、マウスに食べさせて、解剖して、細胞を取って、どれだけの違いが出たか、調べています。

 有働 えっ、そういう実験をご自身でやっていらっしゃるんですか!?

 いとう そうです、そうです。プレートに細胞をまくとどんどん細胞が増えるので、自分が決めた試薬をふりかけてデータを取るんです。

 有働 てっきり下働き的なことは若い人にやってもらっているのかと思っていました。

 いとう 教授であれば「みんなやってね」と言えますけど、一介の学生の身分ですから。自分でやらないとダメなんですよ。

 有働 楽しいですか。

 いとう めちゃくちゃ楽しいです。

 有働 お話を聞いていると大変そうですけど。

 いとう 1歩進んで3歩下がるみたいなところがいいのかな(笑)。「今日はいい結果が出たかも」と思っても、表を作って実験結果を見てみると「意外とそうでもなかった」ということの繰り返しなんです。でもすごく楽しくて、気づくと夜中まで熱中していることがあって、先生には「いい加減にしてください」と怒られるくらい。

 有働 テレビ業界の「面白いことを1つ2つ言ってください」という瞬発力勝負と、地道な実験とはあまりに乖離している気がしますが、違和感はないですか。

 いとう その乖離がいいですね。人間をやっている感じがして。

 有働 人間をやっている感じ?

 いとう 職業「人間」みたいな。人間、やろうとすれば何でもできるはずだし、実際いろんなことをやると生きている実感が得られますね。

デビュー5年で転落

 有働 私も40代まではそう思って学び直そうという意欲もあったんですけど、最近は終点に意識が向いてしまっていました。いとうさんが45歳で大学に入って学び直したのは、何か動機があったんですか。

 いとう 大きなきっかけは、芸能活動25年を過ぎても、まだ仕事をいただけていたことへの感謝の思いからです。というのも、私はデビューして5年ほどで最初の事務所を飛び出したんです。青春がテーマの映画で脱がされて。女優なら仕方がないといったん納得したのですが、さらに写真集まで出すと言われて「それは違う」と断ったんです。事務所を辞めるときに「こんなふうに飛び出したらこの業界で仕事できなくなるよ」と言われたとおり、絶頂期から奈落に落ちました。

 有働 やっぱり仕事がなくなりましたか。

 いとう はい。それでも舞台をはじめ、細々とお仕事をいただけたことに感謝しています。スポンサーがあって制作費が下りて、私たちに出演料が払われる。その循環を突き詰めると、スポンサーの商品を買うすべての人のおかげで私は生かされている。だから皆さんに何か恩返ししたいなと思ったんです。ただ私は高校卒業してすぐ芸能界に入ったのもあり、無知無教養でした。だから恩返しの土台になるような何かを勉強したいなと考えた時に、大学へ行こうと思ったんです。

 有働 恩返ししたいと思うほど、手の平を返された時期の経験が大きかったということですか。

 いとう そうですね。10年ほど干されてつらい時期を過ごして、それでも生きていけるくらいのお仕事をいただけたのは奇跡に近いし、皆さんのおかげです。最初の事務所にい続けたら、鼻持ちならない芸能人になっていたかもしれないですね。

 有働 あの時代だと、結婚して引退という道は考えませんでしたか。

 いとう 結婚は全然望んでいませんでした。中高と女子校で毎日のように痴漢に遭っていたから、当時はまだ男の人が怖かったんですよ。

予防医学とロボット

 有働 大学入学時点で、恩返しの方向性は見えていたんですか。

 いとう 漠然とは。仕事で知り合ったお医者さんから「病気にならない予防が大事だよ」と教わって、医療や健康福祉を学べるという観点で2010年に進学したのが、早稲田大学人間科学部eスクールでした。

 有働 実際に大学生になってみてどうだったでしょう。

 いとう 最初の頃は初めて聞くことばかりなので、90分の講義が終わった瞬間に記憶がどんどんこぼれ落ちていくんです。だから何回も講義のビデオを見ていました。でも人間ってだんだんシナプスが繋がっていくのか、慣れていくんです。

 有働 そういうものですか。

 いとう 前期の半年間はにっちもさっちもいかなくて、スケジュールの立て方もレポートのまとめ方もわからない。後期になってから、ようやく慣れてきましたね。

 有働 学部ではロボット工学を専攻されたんですよね。

 いとう 専攻したかった予防医学の教授が退官するからゼミ生を取らないと知って、同級生の20歳の男の子に相談したら「ロボット工学は人気がありますよ」と言われて。大学では人のアドバイスを素直に受け止めようと決めていたので、ロボット工学の教授の門を叩いたんです。「予防医学とロボットを組み合わせたら化学変化を起こすと思います」と口から出まかせを言って(笑)。

 有働 先生も「そうか」と思うような(笑)。いとうさんの専攻を決定づけた学生さんは何者ですか。

 いとう eスクール生も一部は通学で単位を取らないといけなくて、そこで出会った通学生です。たとえば、1週間合宿しながらウニとヒトデの精子と卵子を取って受精させて観察するような、変わり種の講義を取っていたのですが、そこに単位を落としそうな通学生が来るんです。

 有働 もしや、彼らは芸能人であるいとうまい子さんを知らない?

 いとう まったく知らないです。親御さんが私より若い人たちと講義を受けていましたから。

 有働 子どもみたいな世代の学友と話すのってどうでしたか。

 いとう すごく楽しかったです。皆、年齢の隔たりを感じさせず「まいまいさん」って呼んでくれて、山盛りの唐揚げを出す居酒屋に一緒に連れていってくれたりしました。

 有働 青春~! ロボット工学も修士課程まで続けて、スクワットを促す介護予防ロボット「ロコピョン」を作ったんですよね。

 いとう はい。学部生のとき、正しいスクワットができる装置を考えて国際ロボット展に出展したら、たまたま企業の方が通りかかって「研究を続けるなら共同でやりませんか」と声をかけていただいて。それで大学院へ進学して、その企業と共同開発したのがロコピョンです。

あえて難しい講義を選ぶ

 有働 大学院まで行ったことは、人生でどんな意味を持ちましたか。

 いとう 壮大な趣味を手に入れたような感じです。楽しいです。

 有働 大人になると学ぶことの見返りを求めて、キャリアアップとかを先に考えちゃう気がしますが。

 いとう 私の場合は恩返しが目的の学びなので、芸能の仕事のキャリアアップはまず考えないですよね。で、早稲田が面白いのは、学生たちが、この教授の講義は単位を取りやすいかどうかという情報をまとめた分厚い本を出しているんです。

 有働 本になっているんですか。すごいなぁ(笑)。

 いとう 私はその本を参考に、できるだけ単位を取りにくい講義を取ったんです。

 有働 えっ、取りにくい方を?

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
今だけ年額プラン50%OFF!

キャンペーン終了まで時間

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

オススメ! 期間限定

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

450円/月

定価10,800円のところ、
2025/1/6㊊正午まで初年度5,400円
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2022年5月号

genre : ライフ 芸能 ライフスタイル 教育