戦争体験から読み解く川端文学の核心
川端康成の文学では、世界の美しさの中に、冷たい死の影が顔をのぞかせる。川端自身、幼いころから親族を相次いで亡くす経験を持った。川端の人生と死は密着している。
そんな川端が、戦争末期に鹿児島の鹿屋特攻基地に派遣され、海軍報道班員として約1か月間、特攻隊として命を散らす若者とともに生活したことは、あまり知られていない。これまでの研究でも、この点に深く切り込むものは限定されており、彼の「特攻」体験は軽視されてきた。
しかし、著者は綿密な調査と大胆な考察によって、通説を打ち破っていく。そして、「特攻」体験こそが、戦後の川端文学の核心部分に、大きな影響を与えたことを論じる。
川端が鹿屋特攻基地に滞在したのは、1945年の春。戦況は悪化し、滞在中も多くの若者が、眼前の飛行場から出撃していった。この時、同じ海軍報道班員として山岡荘八が基地に滞在した。山岡は積極的に取材を行い、話を聞いて回ったが、川端は脇からじっと目を凝らし、無言の観察を続けた。そして、特定の若者と深く話し込み、思いに耳を傾けた。
川端が関心を持ったのは、若者たちの愛国心や忠誠心、自己犠牲の精神ではなかった。ましてや、日本の戦力や戦況への関心はほとんどなかった。彼の鋭いまなざしが捉えたのは、「生と死の狭間でゆれた特攻隊員の心のきらめき」だった。それは思慕を寄せる女性への極私的な愛や性の疼きだった。
川端は具体的に誰から話を聞き、いかなる思いを託されたのか。
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source : 文藝春秋 2022年5月号