セックスと宗教の話をしよう

島田 裕巳 作家・宗教学者
先崎 彰容 批評家
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性的なエクスタシーと悟りの境地。
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島田さん(左)と先崎さん

宗教で性をコントロールしてきた

 先崎 島田さんは、今年1月に上梓された新書『セックスと宗教』の中で、「現代の性のあり方は、すでに宗教がコントロールできるものではなくなっているのかもしれません」「重大な岐路に立たされている」と書いています。同書は幅広い世代に読まれ、大変話題になっていますが、なぜ今回は「性と宗教」をテーマに選ばれたのですか?

 島田 元来、宗教とセックスは切っても切れない関係にありますが、近年において、その関係に変化が出てきた。それが大きな理由ですね。

 先崎 と言いますと?

 島田 人間には動物と違って発情期がなく、生殖とは無関係に、いつでも性の欲望が発動します。こうしたヒトの特異な性のあり方を、人間は宗教の力を借りることでコントロールしてきました。

 しかし、長寿時代に突入したことで性のあり方自体が変わってきた。平均寿命が50歳代前半だった終戦直後から75年以上が経ち、医療の発達などによって、現代に生きる私たちは80歳代まで生きることが平均的になりました。そして、性的にもなかなか「枯れない」のです。

 先崎 石原慎太郎さんが先日、89歳で亡くなりましたが、月刊『文藝春秋』4月号に掲載されたその絶筆に、「幸い私は今のところ性的に不能でもないが」と書かれていたことも記憶に新しいところです。マスコミでは「人生百年時代」なんて言葉も取り沙汰されています。

 島田 いつまでも元気で、性的にも枯れない。それがかえって現代人の悩みになっているわけです。

 ——先日、興味深い調査結果を見ました。日本人男性の約8割、女性の約3割は、70代でも「この1年のうちに性交したいと思ったことがある」と答えたそうです。女性は半数以上が性欲を“卒業”しているのに対し、多くの男性が70代を「性の煩悶」から解放されないまま過ごしているというのです。

 島田 それが現実だと思います。「老後」と呼ばれている期間が、「後」と言えないほど、延長してしまった。

 先崎 石原慎太郎さんがデビュー作『太陽の季節』で性的なモチーフを描いていたように、かつては性の葛藤は若者の“専売特許”でした。“青春と性”はセットだったわけです。特に戦後、日本社会は急速に自由恋愛化していった。性の自由が強調された時代です。その時代を生きた人たち、自由な性を謳歌した最初の世代が、いま老年期に差し掛かっているのです。

 島田 子供が成人し、孫がいる年代になっても、性的に枯れないという現実。それに対する戸惑いを多くの人が感じています。かつてであれば、こうした性の懊悩に対して、宗教が羅針盤となってくれた。しかし、こうした「性欲の不死性」に対しては、宗教が応えてくれません。

 先崎 特に「政治的な正しさ」にばかり囚われている現代日本には、セックスの悩みを受け止めてくれるような文化的包容力は見受けられませんね。

 性に関する情報がインターネットに氾濫する一方で、渡辺淳一や水上勉のような、中高年の性を取り扱った豊饒な文学作品もほとんど絶滅している。性について語る言葉がどんどん貧しくなっています。

フランスにある「性的リゾート」

 島田 欧米に目を向けると、フランスには昼間はヌーディストビーチで、夜になるとスワッピング(夫婦やカップル2組以上が相手を交換する行為)に興じることができるリゾートがあると聞きました。参加者は60代、70代が多く、余生の愉しみとして、そのリゾートに足を運ぶようです。日本にそうした場所が生まれるとは考えにくい。

 先崎 ご著書を拝読して改めて感じたのは「人類の歴史は性欲との闘いの歴史だった」と言えるのではないかと思うほど、セックスが人間を悩ませてきたという事実の重さですね。内なる欲望をいかにコントロールするか、それを大まじめに考えて築き上げたのが、宗教という文化だった。逆にいえば、性的なエクスタシーの強烈さはそれだけ人間を翻弄してきたとも言えますね。

 島田 しかし、必ずしも宗教が性欲のコントロールに成功してきたわけではありません。厳しい戒律によって抑え込まれたものはどこかで必ず暴発する。カトリック教会で聖職者たちの性的虐待の醜聞が相次いでいるのはその証左です。

 ほかにも性をめぐる宗教界のスキャンダルはいくらでもあります。新興宗教の教祖の女性関係が問題とされたこともありますし、平安時代に生まれた真言宗の一派である真言立川流などは、男女がセックスをすることで即身成仏がかなうと説いたフリーセックスの教団でした。密教の経典のなかには、性的なエクスタシーをかえって悟りの境地として捉えるものがあることは事実です。

“奔放”な宗教もある

 先崎 オウム真理教にもそういう側面がありましたね。

 島田 その通りです。オウム真理教は最終的には無差別殺人を行ったテロ集団になったわけですが、もともとはヨーガの道場として始まり、「クンダリニー」と呼ばれる性的なエネルギーの覚醒を修行の目的としていました。覚醒すると、まるで性的エクスタシーに達しているような状態になりました。

 宗教の根本には欲望と戒律の問題がありますが、このように性欲に対するアプローチは、「禁忌」として扱うばかりではないのです。

 先崎 性が戒められたとしても、性欲が消えてしまうわけではないですからね。

 島田 たとえば、イスラム教は1日5回の礼拝が義務づけられており、豚肉はダメ、酒もダメ、と厳しく禁じられています。しかし、性を謳歌するという点では非常に積極的です。開祖ムハンマドは絶倫だったという伝承もあるんです。

 先崎 妻が10人以上もいたと言われているそうですね。たしかに、キリスト教や仏教では、聖職者は独身であることを義務づけられますが、イスラム教ではそういうことはない。

 田 禁欲主義はアッラーの教えに反するという考えなんですね。「ハディース」の「婚姻の書」の中で、ムハンマドは結婚しないと言っている者に対して、「なぜあなた方はそのようなことを言うのだ。私は誰よりも神を怖れ畏んでいるが、断食しては食べ、礼拝しては眠り、また女を娶りもする」と述べています。

 先崎 結婚に肯定的なのですね。

 島田 こんな話もあります。ある日、ムハンマドは美しい女性に会い、性交したいという欲望を抱きます。ただ、実際にムハンマドが欲望を満たした相手は妻の1人でした。それが終わった後、ムハンマドは教友たちに対し、女性を見て欲情したときは、すぐに妻のところに赴き、性交によって情欲を抑えるように、などと説教したといいます。

 先崎 赤裸々な教えです。

 島田 そもそもこういう伝承があること自体、禁欲とは無縁の宗教であることを証明しています。

アダムとエバの「原罪」

 先崎 イスラム教徒の女性が外でスカーフを被ることを求められますが、あれはなぜ被るのでしょうか。

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source : 文藝春秋 2022年6月号

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