進化する日米同盟が「自由で開かれたインド太平洋」を支える。(聞き手・新谷学、翻訳・構成=近藤奈香)
エマニュエル氏
米民主党きってのタフネゴシエイター
今年1月23日に着任したラーム・エマニュエル駐日アメリカ大使(62)は、アメリカの政界では剛腕として名を知られ、「ランボー」の異名を持つ。シカゴの東欧系ユダヤ人の家系に生まれた同氏は、大学在学中から政治活動に没頭。民主党陣営での選挙活動と資金集めに貢献し、若くして頭角をあらわした。
1993年、ビル・クリントン政権で大統領上級顧問に就任し、ホワイトハウス入りを果たす。当時の上院司法委員長ジョー・バイデン(現大統領)とはそこで知り合い、銃規制や性暴力の問題にともに取り組んだ。2003年にはシカゴ選出の下院議員となった。ビジネス界に太いパイプを持つ同氏は、自由貿易推進の立場から、中国には厳しい目を注いでいる。
2009年、バラク・オバマ政権では大統領首席補佐官として再びホワイトハウス入りし、医療保険制度改革などに辣腕を振るった。11年にはシカゴ市長に転じたが21年、バイデン政権の発足に伴い、大使に任命された。
米民主党きってのタフネゴシエイターは、現在の日米関係をどのように捉えているのか? また、覇権主義的な傾向を強める中国に対し、日米両国はどう対峙すべきと考えるのか?――
――まずは先日亡くなった安倍晋三元首相について、思い出や生前の印象などをお聞かせ下さい。
安倍元首相を失ったことは本当に大変な損失でした。
私にとって、安倍元首相はリーダーシップの象徴でした。私が考えるリーダーシップとは、「何を、なぜ成し遂げようとしているのか?」という理想を世界に示すと同時に、それを実行する強靱さも持ち合わせることです。その意味において、まさに安倍元首相という存在はリーダーシップそのものだったと私は捉えています。
安倍元首相とは、大使として来日してまだ数週間の頃にお目にかかりました。亡くなる数週間前のフォーラムでもご一緒しました。その際には個別のプライベートミーティングも行いました。安倍元首相は自分の考えをお持ちであり、それを臆せずはっきりと主張される方でした。私はそのような姿勢を持つ人が好きです。
「自由で開かれたインド太平洋」……この哲学・戦略の名付け親は、まさに安倍元首相でした。この言葉は、いまや誰もが口にする言葉です。オーストラリアや日本のリーダー、インドの政府関係者、欧州の人々に至るまで、皆が口にしています。今では我々は何の疑問も持たず日常的にこのフレーズを使っていますが、これこそ安倍元首相のレガシーと言えると思います。
日本は物理的にも精神的にも「島国」です。日本人は他国の社会での問題は、自分の国や社会には物理的にも心理的にも影響しない、と考える傾向があるようです。そうした状況から生まれたのが、「信頼」だと思います。元シカゴ市長、元大統領首席補佐官の私は、アメリカでは常にどこに行くのにも護衛に囲まれて生活していました。日本でも護衛はいますが、SPが私のずっと前方を歩くのには驚きました。後ろにいる私の安否を振り返って確認するでもなく、です(笑)。でもこれは非常に信頼が高い社会の証だと思います。それは素晴らしいことです。今回の銃撃事件によって、日本社会における信頼が揺らぐことがないように祈ります。
私たちは「自由で開かれたインド太平洋」やQUAD(日米豪印戦略対話)など、安倍元首相が作り我々に残してくれた枠組みの中で、様々なことを実行に移していきます。安倍元首相は素晴らしいレガシーを残しました。
「アメリカの一市民」として広島・長崎へ
――日本社会にどのような印象を持たれましたか? また、着任されてからの日本生活のなかで、印象深い出来事がありましたらお聞かせください。
印象的な出来事はたくさんあります。まず、岸田文雄首相と広島を訪問したこと、天皇陛下に信任状を捧呈したことがとりわけ印象に残っています。また、京都では素晴らしい1日を過ごしました。午前2時まで散策したのです! この歳になってそんな時間まで動ける体力が自分に残っていたとは思っていませんでした(笑)。電車にたくさん乗ったり、市場に行ったり……私は鉄道と市場が大好きなのです。沖縄ではアメリカに留学する高校生たちと夕食を共にしたのも印象的でした。彼等の夢、希望、願望などを聞くことができて、とても楽しかったです。広島は訪問しましたが、アメリカの一市民の責任として長崎も訪問しなければならないと思っており、この8月に訪問する予定です。
――「一市民の責任として」とは?
大使としての責任はもちろんありますが、アメリカの一市民として、広島だけではなく長崎も訪れて歴史を理解し、どのような影響があったのかを自分の目で直視すること……そうした責任があると考えています。単に大使だから広島や長崎を訪問している、と思ってもらいたくはない。アメリカの一市民として広島と長崎に行くべきだと、私は考えているからです。
安倍元首相は2016年12月、日本の首相としてハワイの真珠湾を訪問しました。その約半年前の同年5月には、オバマ大統領がアメリカ大統領として初めて広島を訪問しました。このように相互が歩み寄ることで、ぐるっと1つの輪が完成する。こうした積み重ねが、日米関係をさらに強靱にしてゆくのだと思います。
日米同盟は進化する
――日米同盟について伺います。もし中国が尖閣諸島に侵攻したとき、本当にアメリカは動くのかという不安が日本人の中にあります。その点について率直なお考えを伺えないでしょうか。
私は何事についても率直に話す人間です。この件については米大統領がはっきりと見解を述べているので、私は大使としてそれ以上のことは何も言うことができません。日米同盟に曖昧さは全くないと思っています。この点は非常に明快であり、米国にとっても、日本にとっても、そして中国にとっても、とてもクリアなものであると考えています。
――日米同盟が片務的であり、アメリカが日本を一方的に守るだけじゃないかという指摘もあります。同盟を今後継続するために、何が必要なのでしょうか?
過去40~50年間、日米安全保障条約はどちらかというと「守りの同盟」(alliance protection)を中心としていました。しかし最近では日本の戦略的な考え方や実行姿勢について、同盟の捉え方が進化してきたと考えています。具体的には、インド太平洋地域に積極的に働きかけていく「攻めの同盟」(alliance projection)へと進化しています。その中で、アメリカと日本が同等で完全なる同盟国として、法律や規律などに対する共通認識、他国へのリスペクト、国の大小を問わず主権や権利を対等に認めるなど、共通の価値観にコミットしている。日本はまさにこれらの戦略的な考え方について大きなアップグレードを行っている最中です。
ただここで私がはっきりと申し上げたいのは、こうした話をすると多くの方は「軍事のことだ」と思いがちなのですが、それは必ずしもそうではないということです。経済における自由と機会の平等、国際ルールに基づいた商取引など、全てを含むものです。
たとえば今、スリランカは多額の借金に耐えかねて崩壊しつつあります。これはスリランカ政府の誤った選択が招いた結果ではありますが、その背景には中国に押し付けられた巨額の負債があります。パキスタンも同様で、誤った選択をした結果、大変なことになっています。
中国については後に詳しく述べるとして、重要なのは、日本の未来が引き続き豊かであり続けるために、アメリカと対等のパートナーとなるべきであるということを日本自身がしっかり理解しているということです。喜ばしいことに、日本はその理解に基づき、すでに行動を起こし始めています。
再び強調しますが、日本は国際舞台でリーダーシップを発揮し、共通の価値観や理想をもって、インド太平洋地域の重心を担ってきました。これによってインド太平洋地域の各国は恩恵を享受しています。今後も我々はそうした努力を継続し、この地域が恩恵を享受し続けられるよう担保しなければなりません。
「自由で開かれたインド太平洋」での日本の役割
――戦後日本はアメリカの核の傘に守られてきましたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、安倍元首相は「核シェアリング」の考えを示しました。これについてはどうお考えですか?
この件に関する私の見解は、あまり重要ではないでしょう。なぜなら岸田首相がすでにこの件について考えを述べているからです。一方で、核シェアリングとは別に、抑止力を高めるために実際に何をしなければならないのかを考えることは重要です。それについても岸田首相は軍事的抑止、戦略的抑止力に関わる一連の投資の必要性も説かれていますね。我々はその考え方をフルにサポートしています。
――NATOと同じような形で、今後日米が核シェアリングをする可能性はあるとお考えですか?
私はこの餌には食いつきませんよ!(笑) せっかくなので、少し違った角度で質問に答えたいと思います。
戦略的な側面においては、反撃力を含めた防衛全般における予算の増加など、抑止力強化のために必要な一連のことが行われています。いま日本はまさにそうした戦略的な部分における見直しを行っているところです。岸田首相とバイデン大統領はこの点においてとても良い仕事をしたと、私は思っています。実際、近い将来、きちんとした形で話が整ってくるでしょう。これは核を必要としないものであり、核を含まない枠組みです。
バイデン米大統領
首相と大統領がとても良い仕事をしたもう一つの点は、大西洋両岸地域とインド太平洋という2つの地域を1つの領域として捉える見方を確立したことです。かつては別々の地域として考えられていましたが、いまや欧州も「自由で開かれたインド太平洋」が自分達の国益に関することだと考えるようになりました。その中で、日本がリーダーシップを発揮しているのです。また、これによってASEAN、オーストラリア、ニュージーランド、韓国なども、欧州で起きていることが自分達の戦略と関わりがある、という意識を持つに至ったわけです。
お互いの「好感」こそ日米両国の財産
――今後、日米同盟をより強固なものにしていくために、日米両国が取り組むべき喫緊の課題は何でしょうか?
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source : 文藝春秋 2022年9月号