合同結婚式のあと海を渡った女たちの告白
「安倍さんについては申し訳ない気持ち」
首都ソウルから車で2時間ほど高速道路を走り続けると、利川(イチョン)市という街に着いた。人口約20万人の利川は、陶磁器の里として名高く年に1度の「利川陶磁器祭り」には、多くの外国人観光客が訪れる。中心部から少し足を伸ばすと、韓国有数の米どころというだけあって一帯には田園風景が広がっていた。
旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の施設「利川国際文化センター」は、この街の中心部にある。建物に入ると、入口付近の机に葉書サイズのチラシが積み重なっていた。
〈利川市民のための憩いの場をオープンしました! コーヒー一杯飲みに来てください〉
〈#日本の食べ物体験#ヘルスケア体験#祝福結婚説明会〉
ところがよく見ると、このチラシには、宗教団体の名前はどこにも見当たらない――。
「お会いできて光栄です」
そう言いながら握手を求めてきた中年の男性はキム・ジョンヨンと名乗った。彼は、旧統一教会の「利川家庭教会」で教会長を務める韓国人牧師だ。
キムとテーブル越しに向かい合ったのは8月20日のこと。笑顔で部屋の中へ手招きした彼の表情はわずかに強張り、時折、視線を泳がせながら、安倍晋三元首相殺害事件についてこう語り始めた。
「安倍さんについては(これまでの教団との関係に)極めて感謝しており、また、申し訳ない気持ちです。
山上徹也容疑者の母が献金したのは20年も前のことです。それを今になって教会に責任転嫁するのは、自分が社会に適合できなかったことへの言い訳ではないでしょうか」
旧統一教会の本部がある韓国で、現職の教会長がメディアのインタビューに応じたのは今回が初めてだ。
利川を訪れたのは、キムに会うことが目的ではなかった。この日の昼前に、街のコーヒーショップで佐藤絵里(仮名)と会う約束をしていたためだ。知人の伝手を辿ってコンタクトを取った佐藤は現在50代の現役信者である。佐藤もまた取材を受けるのは初めてで、「何も隠すようなことはないですから」と、インタビューをうけることを承諾してくれたのだった。
キムによれば、この街には今、約100人もの日本人女性信者が暮らしているという。市内には2つ教会があり、利川家庭教会には現在、約40人の日本人女性信者が所属する。最年少の日本人は20代で1児の母。彼女たちは、合同結婚式で韓国人と結婚し、海を渡り見知らぬ土地で暮らし続けている日本人妻たちである。
ソウル南東・利川の教会関連施設
7000人の日本人花嫁
佐藤やキムの話に触れる前に、まず韓国に嫁いだ日本人花嫁について説明が必要だろう。
旧統一教会関係者によると、韓国人男性と結婚し、今も韓国で暮らす日本人女性信者は、約7000人にものぼる。そのカップルのあいだに生れた2世や3世を含めれば、人数はさらに膨れ上がるだろう。彼女たちが暮らしている場所はソウルのような大都市ばかりではなく、むしろ漁農村地帯や山間部など田舎の市町村も多いという。
教会内では結婚を「祝福」と呼び、日本人女性と韓国人男性の結婚は「韓日祝福」となる。教祖である総裁・文鮮明が生きていた頃は、結婚相手は総裁がじきじきに決めていたとされる。男女の写真を見て総裁がマッチングしてくれたと信じられているのだ。
90年代に結婚した信者によれば、日本人信者が合同結婚式に参加するには、数十万円の参加費に加え「感謝献金」という名目で140万円の費用がかかった。一方で韓国人の男性が参加する際は無料。信者でない韓国人も140万ウォン(約14万円)を支払えば参加できた。
統一教会の合同結婚式が世間の注目を集めたのは、桜田淳子や山崎浩子、徳田敦子などが参加した92年頃。この年は3万組の男女が祝福に参加し、信者からは「3万双」の祝福と呼ばれた。95年は「36万双」、98年は「3億6000万双」といわれる。実際にそれだけの数のカップルが誕生したことを確認することはできないが、90年代から国際祝福カップルも急増し、多くの日本人が韓国に嫁いだ。それから約30年の時を経て、再び彼女たちは表舞台に姿を現すことになる。
2009年の合同結婚式
「独島は我が領土」
8月18日午前、韓国の山岳地帯・清平(チョンピョン)にある教団施設「HJグローバルアートセンター」。
〈日本がエバ国として最後の陣痛を経験している。指導者たちは恐れるな、強く大胆に出て行け、悶着は過ぎ希望に満ちた新日本が誕生するだろう。大胆に出て行け。勝利せよ〉
壇上に鎮座した、ピンクのカーディガンに黒いサングラス姿の女性が怪気炎をあげる。旧統一教会のトップ、韓鶴子総裁(79)だ。その日は「在韓日本宣教師会40周年記念特別集会」が開かれ、韓国全土から招集された在韓日本人女性信者たちが会場につめかけていた。
旧統一教会の聖地・清平はソウルから車で2時間半走った山中にある。教団の世界本部であり、一帯には教団施設が立ち並ぶ。建設費用には「日本からの献金が多くつぎ込まれている」と報じられる場所だ。
山の8合目あたりに、総工費約300億円ともいわれる白い聖殿「天正宮博物館」がそびえたつ。その天正宮の少し下では、来年完成予定の天苑宮の建設が急ピッチで進められているが、こちらも総工費が約300億円を優に超える白い宮殿風の建物だ。左手の山頂には、山上の兄が入院したとみられる「HJマグノリア国際病院」。その麓には「ヘブンGバーガー」という教団のハンバーガーショップやウリィ銀行がある。山間の町全体がまるで巨大なテーマパークのようだ。
「HJグローバルアートセンター」は、2万5000人を収容する巨大なホールで、文鮮明の葬式も2012年にここで行われた。入口に〈統一の先駆者〉という垂幕がかかり、文鮮明と北朝鮮の金日成主席が抱き合う写真が掲げられていた。日曜日になるとセンター周辺には綿菓子やたこ焼きなどの露店が並び、子ども連れの信者の姿が目立つ。子どもたちがトランポリンなどで遊ぶ姿を眺めていると、ホールから「独島は我が領土」と歌う童謡が聞こえてきた。
8月18日、ここで集会を終えた日本人女性信者たちは、赤い手提げ袋を持っていた。袋には「一和(イルファ)」の文字。一和とは旧統一教会系企業の1つで、高麗人参をはじめとした食品や飲料製品の製造や輸出を手掛ける企業だ。韓国での旧統一教会は、宗教だけでなく、不動産からリゾート開発、建設業やメディアなど多くの系列企業があり、企業グループとしての顔も持つ。
この日、日本人女性信者一行は71台の大型バスに乗ってソウルへと向かった。午後2時、彼女たちが再び姿を現したのは、ソウル中心部光化門前の広場だった。
彼女たちが参加したのは、日本メディアへの抗議デモ。主催者は旧統一教会の「在韓日本信徒メディア被害対策委員会」で、日本人女性信者を中心に3500人が集結した。彼女たちはバスから降りると、日本語と韓国語で〈宗教弾圧を許すな〉〈ヘイトスピーチをやめろ〉などと書かれたプラカードや白と水色のサンバイザーを受け取り、デモに加わっていく。彼女たちを警備、誘導する若者たちは2世・3世の信者たちだった。
壇上でマイクを握り、旧統一教会に関する一連の報道を日本メディアの歪曲だと訴えていた副委員長・山田タエ子は、日本からデモに参加したという。デモ終了後、その山田に話を聞こうとすると、
「あ~しゃべったらダメって言われてる。良心に聞いてください」
そう言って取材を拒んだ。一体どこが歪曲なのか、再び質問を投げかけてみた。すると突然地面に鞄を投げ捨てる。そして、しゃがみ込んで額を鞄に近づけると、
「ここに鞄があったら、(あなたは)ずっとこうやって見ている。アリの目で見ない。鳥の目で」
と言い残して立ち去った。
8月18日の「偏向報道」抗議デモ
文鮮明の反日教育
日本人女性信者にとって韓国に嫁ぐことはどんな意味を持つのか。
2世信者で韓日祝福を受けた冠木結心(かぶらぎけいこ)(今は脱会)はこう話す。
「統一教会では、神の使いメシア(文鮮明)のいる韓国が天に近いアダムの国(父の国)として神聖化されています。その一方で、日本はエバの国(母の国)とされ、韓国に対して罪を犯した国とされている。だから、韓国が上で日本が下。私自身、韓国人はイスラエルの民(=神に選ばれた特別の民)だと信じていました」
教祖・文鮮明の教えは今も冠木の頭から離れない。
「日本人には選民であるうら若き韓国の乙女を従軍慰安婦とした過去の罪がある故に、韓国の乞食と結婚させられたとしても感謝しなければならない」
高校生の頃から教会で、教祖の教えを基にした反日教育を受けてきた冠木は、95年に合同結婚式に参加し韓国人の男性と結婚した。結婚相手は中卒で2つ年下の男性。日本で新婚生活をはじめ子供も生まれたが、夫のDVが酷く離婚した。
それでも「夫婦にならないと天国に行けない」との教えに従い、2002年に2度目の合同結婚式に参加し韓国に渡った。再婚した夫は結婚式前まで「8歳年上の大卒」と聞かされていたが、実際は「14歳年上の日雇い労働者」だった。その夫は金の使い込みから蒸発し、一家は夫が逃げ込んだ山間部の集落で約10年間プレハブ生活を送った。どんなに辛い暮らしにも贖罪のためだと言い聞かせ耐えてきたという。
脱会のきっかけは、10年前の教祖の死だった。文が肺炎で亡くなると「不死身とされていたメシアが、こんなにあっさり亡くなるなんて……」と洗脳が解けたという。その後、夫と別れ子供を連れて帰国。孫を洗脳しようとする母との縁も切った。
牛の横で身体を洗った
そんな冠木と同じく、既に脱会をした50代の小川良子(仮名)が韓日祝福を受けたのも同じ95年だ。
「祝福の日まで、相手の男性は写真でしか見たことがありませんでした。写真の裏にプロフィールが書いてあって、事前にわかっていたのは、中学卒業後、農業に従事してきた28歳ということくらいです」
そう語る小川も当時28歳。献身(入信)から約2年後のことだ。
結婚生活初日、義兄の運転する車に乗って教会から嫁ぎ先へと向かった。車は延々と走り続け、教会からは歩けないほどの山奥へ。舗装もされていない山道には街灯もなく、その先にポツンと家があった。
敷地には平屋建ての母屋が1つ。それに牛小屋があったという。母屋は10畳ほどの部屋が1つと4畳半程度の部屋が1つ。台所と風呂はあるがトイレは屋外。土を掘った穴の上に板を乗せた簡素なものだった。
「私と主体者(夫)、それに主体者の妹と義兄夫婦、そして義母の計6人で住むには手狭な家でした。そのため、牛小屋の隅にある休憩部屋が私たち夫婦の部屋になりました。戸を開けると牛がいるため臭いがつらかった。お風呂は4日に1度程度。それ以外の日は、ホースから水を出し、家族の視線から隠れるようにして牛の横で身体を洗っていました」
そんな小川の1日は、義姉が作る朝ごはんの手伝いから始まる。朝食を終えると畑作業をして昼食を手伝う。その後、夕飯まではのんびりと過ごせた。町にある教会は遠いため、車での送迎が必要だった。
「主体者が教会に来たのは最初のうちだけでした。夕方に夫婦で集まる会にも来てくれない。私も怒って1人で徒歩とバスで教会まで通ったこともあります。『私のことを心配してくれないのかな』と思いながら、暗い山道を歩いて帰りましたね」
スーツにサンダル姿の新郎
結婚した韓国人男性に、信仰心がないことが海を渡った日本人妻たちに共通する悩みの種であった。出会いの少ない漁農村で暮らす男性にとって、統一教会は働き者の嫁を斡旋してくれる“結婚斡旋所”になっていた。小川の夫も統一教会で禁止された飲酒をやめず、小川が注意しても取り合わなかった。あくまで結婚が目的の“俄か信者”だったのだ。
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source : 文藝春秋 2022年10月号