STAP騒動3年 「理研改革」のいま

松本 紘 理化学研究所理事長
ライフ サイエンス

末期症状は改善した。ここから世界に打って出る

小保方晴子氏 ©文藝春秋

 日本で唯一、国立の自然科学系の総合研究所である理化学研究所は、1917年に設立され、数々の研究に取り組んできた。現在は3000人を越える研究者が所属し、2003年には113番元素「ニホニウム」を発見、先月は世界で初めて他人から作製したiPS細胞を患者の網膜へと移植するなど、世界でもトップレベルの研究機関である。
 2014年、小保方晴子研究ユニットリーダー(当時)がSTAP細胞の発見を発表して「ノーベル賞級」と騒がれたが、後にデータの捏造と改ざんが明らかになり論文を撤回。外部委員会によってSTAP細胞はES細胞の混入である可能性が高いと結論づけられた。また、理研にも論文投稿のガイドラインや研究の責任体制に不備があったと指摘され、大きな批判を受けた。
 翌年、辞任した野依(のより)良治理事長の後を継いだのが、京都大学総長時代に数々の内部改革を成し遂げた松本紘氏だ。就任して2年、改革の手ごたえと、理研が目指すべき姿を聞いた。

 一昨年、理化学研究所の理事長をやってほしいと言われたときは、正直、なぜ私に声がかかったのかと戸惑いました。京大総長を前年に退任し、生まれ育った関西圏でもうしばらく働こうかと思っていたところでしたし、理研がどんな研究をしているのか、詳しくなかった。もちろん名前は知っていましたが、東大と太いパイプを持ち関東では名を知られた研究所である理研も、関西では遠い存在なのです。

「いやいや、とても無理です」と2、3回はお断りしたのですが、何度も頼まれるとさすがに逃げ切れませんでした(笑)。引き受けると決断した以上、途中で投げ出すわけにはいきません。ここで死んでもええかと思えるくらい腹を括って、やるべき仕事を成し遂げる覚悟で、理研本部がある埼玉にやってきました。

 73歳にして、人生初の単身赴任生活。今でも毎晩FaceTime(テレビ電話のアプリケーション)で妻と話しています。作ったご飯を見せると「このメニューには大根おろしを加えたら?」などとアドバイスをもらえますが、一方で「洗濯はした?」「お風呂洗った?」と厳しい指摘が飛んでくる。テクノロジーの進化も良し悪しですわ。

 幸か不幸か、3年前のSTAP細胞をめぐる騒動で理研の名前は全国で一躍有名になりました。ただ、有名といっても“悪名”に近い。英語でいえばノートリアスで、フェイマスではありません。STAP細胞事件では、小保方さん、そして理研にも問題がありました。しかし外部の一科学者の立場からは、メディアによる小保方さんバッシング、理研バッシングばかりがヒートアップして、科学技術はどうあるべきかという本質的な議論が抜け落ちていたように見えました。

 その後、理研は研究倫理教育やデータ管理のルールを厳格化し、就任後には様々な分野で外部委員会を作るなど、再発防止策を徹底しました。この先いつまでもSTAP細胞にとらわれていては、理研は前へ進めません。日本をより良くする優れた研究機関であり続けるために、研究者には自分の研究に集中してもらいたい。私が注力すべきミッションは、理研を世界的にフェイマスにすることだと考えています。

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source : 文藝春秋 2017年05月号

genre : ライフ サイエンス