緊急シミュレーション 米中が激突する日

特集 豹変するアメリカ

岡本 行夫 外交評論家
渡部 悦和 元陸将
伊藤 俊幸 元海将・金沢工業大学虎ノ門大学院教授
富坂 聰 拓殖大学海外事情研究所教授
ニュース 政治 国際 中国

引き鉄は台湾か尖閣か。そのとき日本は――

トランプ氏と習近平氏 ©時事通信

「新たな覇権国の台頭と、対する既存の覇権国の懸念や対抗心が戦争を不可避にする」(古代ギリシャの歴史家トゥキュディデス)
 この「トゥキュディデスの罠」を長年研究するハーバード大学のグラハム・アリソン教授によれば、過去500年の歴史の中で、台頭する大国が既存の大国に挑戦した場合、16ケース中、12ケースで戦争になったという。
 新大統領が誕生した米国と、今年秋に5年に一度の党大会を控え、益々権力闘争が激化する中国は、トゥキュディデスの罠を回避できるのか――。
 外交官として在米日本大使館参事官や北米局安全保障課長などを歴任し、その後数々の内閣で首相補佐官や参与、外交顧問を務めてきた外交評論家の岡本行夫氏(71)。陸上自衛隊で東部方面総監を務め、現在はハーバード大学アジアセンターでシニアフェローとして日米中安全保障関係を研究、『米中戦争 そのとき日本は』を著した渡部悦和氏(61)。海上自衛隊で在米日本大使館防衛駐在官、呉地方総監などを歴任し、現在は金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤俊幸氏(58)。北京大学に留学経験があり、『中国人民解放軍の内幕』『トランプvs習近平 そして激変を勝ち抜く日本』などの著作があるジャーナリストで拓殖大学教授の富坂聰氏(52)の4名が米国と中国の実相を語り合った。

 岡本 まずトランプ氏に驚かされたのは、昨年12月2日に行われた、台湾の蔡英文総統との電話会談です。当時はまだ正式就任前でしたが、米大統領あるいは大統領選当選者が台湾総統と直接会話をしたのは、米国が台湾と断交した1979年以来、初めてです。さらにトランプ氏は、中国と台湾は不可分の領土と中国が主張する「1つの中国」の原則に縛られない考えを再三にわたって示唆していますね。トランプ氏は政治の素人で、深く考えていないからではないかとの声もありますが、あれは相当綿密に考えた上での行動かもしれません。

 これまでの中国は、たいてい米国に新大統領が誕生すると、手荒い洗礼を浴びせるのが通例でした。2001年4月、ブッシュ・ジュニア政権発足直後には、南シナ海の公海上空で、米海軍の電子偵察機・EP3に中国の戦闘機が接近して衝突しました(海南島事件)。また、オバマ政権発足後の09年には米海軍調査船「インペッカブル」や「ビクトリアス」が、中国海軍の船や漁船に妨害活動を受けています。こうした行為に米側が衝撃を受け、今後中国とは気をつけて付き合わなければ、となるのがこれまでのパターンでした。ところが今回は逆で、トランプ氏のほうが先制パンチを見舞った。

今年の十大リスクの1位と2位

 伊藤 中国側は電話会談の直後、南シナ海でアメリカの無人水中探査機を強奪しました。ただこの探査機自体は、民間や研究所でも使用する民生品で、特に重要な秘密が含まれているわけではありません。おそらくこれは国家レベルでの計画的な報復などではなく、現場がUUV(作戦に使用する無人潜水艇)と思い込んで暴挙に出た結果でしょう。数日後に即返還した様を見ても、意味のないものを奪ったかどで上層部から叱責されたのではないかと思います。

 それよりも今一度留意しておくべきは、中国独特の「海洋国土」という考え方でしょう。先程お話にあった海南島事件当時、私は防衛駐在官としてワシントンにいました。その時、米海軍の担当者が私に、「どうも中国は海洋、特にEEZ(排他的経済水域)に関して独自の解釈をしているようだ」と耳打ちしてきました。要はEEZと大陸棚までを自国の「海洋国土」としているのです。国連海洋法条約を独自に解釈した身勝手な主張ですが、これが中国のエリート層に浸透してしまっている。

 渡部 トランプ氏と蔡総統の電話会談について、中国は台湾には非常にきつくコメントしても、米国には驚くほどおとなしいコメントでとどめた。つまり今はまだ様子見ですね。ただ、いずれにしても、中国と米国はコリジョンコースにある(このままお互いが進めば衝突する進路上にいる)ことは間違いありません。

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source : 文藝春秋 2017年03月号

genre : ニュース 政治 国際 中国