当代きっての歴史家2人が家族制度から日本の大問題を斬る
磯田 トッドさんの40年に及ぶ研究の集大成である『家族システムの起源』(藤原書店)が、今年、日本で翻訳が刊行され、非常に興味深く読みました。核家族や、直系家族(子どものうち1人、一般的には長男が相続者として親と同居する)といった家族システムが、社会の価値観やイデオロギーを規定していることを、全世界を対象に分析して論証した研究です。この本でひとつの国に丸々一章を費やされているのは日本だけですね。
トッド 日本について詳細に論じることができたのは、日本の歴史人口統計学の父である速水融(あきら)さん(慶應大学名誉教授)の素晴らしい研究成果のおかげです。彼の作った学派によって徳川時代の良質なデータが揃っていました。また、速水さんは良き友人でもあります。私の師匠筋にあたるル=ロワ=ラデュリの家でたまたま出会いましたが、速水さん、ル=ロワ=ラデュリと、そしてケンブリッジ大学の私の師匠、ラスレットの3人が、歴史人口学と家族史の世界をリードしていたのです。
磯田 実は大学院生のとき、速水先生の研究のために日本中の古文書を探し歩いていました。先生が5年で5億円近い科学研究費を獲得されて、「これで家族と人口に関する史料を集めよう」と。
トッド 磯田さんは私と似たことをしていたのですね。私もラスレットに命じられて、史料探査に出かけたものです。私の場合は、ラスレットの学説では説明できないようなデータを見つけて、困らせてやろうと思っていましたが(笑)、磯田さんはどうでしたか?
磯田 ハハハ。そんな挑発はしませんでしたが、速水先生は当時からトッドさんの話をよくしていたので、トッドさんと議論するのに役立ちそうな史料を優先して探すようにしていました。ヨーロッパの家族システムの地域分布図が載っているトッドさんの著書『新ヨーロッパ大全』(藤原書店)を念頭において、地域が偏らないように、いろんな場所に探しに行きました。
でも、速水先生から家族と人口については農民の史料だけを集めればいいと言われていたのですが、密かに武士の史料も集めていたんです。最初、バレたときは怒られましたが、後になって、「いつの間に集めたんだ」と速水先生は笑って喜んでいたように思います。
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source : 文藝春秋 2016年12月号