「天皇陛下『生前退位』のご意向」の一報には大変驚きました。ただ、最初は「まさか」と思ったものの、落ち着いて考えてみると「なるほど」と腑に落ちる点が多い。陛下は思い悩まれた末に、これしかないとお考えになったと拝察します。
従来は、摂政による代行、あるいはご公務の軽減によって、終身在位は可能と思い込んでいました。しかし皇室典範の定める摂政は、回復不能な心身の重患、事故のみに限られ、ご加齢や体力低下は対象になりません。晩年の昭和天皇が大量吐血をなさった後ですら、摂政を置かれませんでした。
陛下は、憲法の定める「象徴天皇」としての大任を果たすことに強い使命感をお持ちです。国事行為とともに宮中祭祀や公的行為を一つひとつ自身ですることが重要であって、ご高齢を理由に削減したり代行させては、築き上げてきた象徴天皇像から逸脱してしまう。そのようなご認識から退位を考えられたものと受け止めるほかありません。
退位を実現するためには、皇室典範第4条の「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」という条文に「または皇室会議の議により退位したときは」との一文を加えたらよいと思います。
皇室会議は内閣総理大臣が議長を務め、皇族2名、衆参の正副議長、宮内庁長官、最高裁長官、最高裁判事の合計10名から成ります。つまり、皇族と三権の長、与野党を含めた国民の代表者がメンバーとなっている唯一最高の常設組織です。
退位を制度化するには、ご本人の意思に基づかないものや勝手な思い付きなどではなく、正当な理由であることを公正に判定できる機関が不可欠です。その機能を果たせるのは、皇室会議しかありません。
報道によれば、陛下は「数年以内に」退位をご希望のようです。仮に皇太子殿下が還暦を迎える平成32年(2020年)を想定するならば、あと3年半しかありません。そのため早急に特別法で対処するという案もあるようですが、やはり皇室典範を改正するのが本筋だと思います。いずれにせよ、一両年中に結論を出して退位に備えなければなりません。
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source : 文藝春秋 2016年09月号