敵と味方の区別がつかない、どうすれば勝利なのかもわからない
リアリティーのない戦争への想像力が日本人にあるか
徳岡 「イスラム国」が出てきてからというもの、私は、戦争というものがわからなくなりました。
我々は戦争と長く一緒に進んで来ましたが、その間、いろんなことがあった。第一次世界大戦では戦車と飛行機と毒ガスが参戦し、それまでとは比較にならないたくさんの人間をいっぺんに殺せるようになりました。第二次世界大戦では原爆と大都市の空襲という新しい戦法が出てきて、これまた人間を殺すのにおおいに役に立った。朝鮮戦争では、もうちょっとのところで原爆を使うところでしたが、アメリカのトルーマン大統領が頑張ったので、使わずに済んだ。そして、ベトナム戦争では戦争の中にテレビが入ってきた。
ただ、「イスラム国」が始めたことは、そういう変化とは違う何かだと思うのです。彼らはインターネットを通じて、何の同情もなく人間を殺す映像を流しています。これは新しい戦争のイデオロギーです。今までのように、宣戦布告があって、軍隊が「それっ」という感じで出撃して——というものではないし、そもそも戦場がない。お互いに気をつけないと、ドアから一歩踏み出したら、何がやって来るかわからない。半藤さんも、こんな戦争は経験したことがないでしょう。
半藤 私は東京大空襲の中を逃げ惑った経験がありますから、これまでの戦争はよくわかっているつもりですが、「イスラム国」との戦争は、たしかに違いますね。
東京大空襲では、逃げている最中、背中に火がつきましてね。三月のことですから、服の上にちゃんちゃんこを重ねていたんです。それに火がついた。慌てて肩から斜めに掛けていたかばんを放り捨てて、ちゃんちゃんこを脱いだ。そして、かばんは捨てたまま逃げたのです。かばんの中身は、今から考えるとつまらないものですよ。お相撲のメンコとラブレターが何通か入っていましたかね。ただ、やっとの思いで、前頭から横綱までの幕内力士を全部揃えたところでしたから、子供にすれば宝物です。でも、あの時は、それを拾い上げる気にならなかった。
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source : 文藝春秋 2015年04月号