この人の出ている映画を、私は長く見つづけてきた。ブリジット・バルドーとの絡みが話題を呼んだ『素直な悪女』(1956)から、遺作となった『男と女 人生最良の日々』(2019)まで。ときおりブランクを挟みつつ、ジャン=ルイ・トランティニャンは、長い歳月を走り抜けた。生年(1930年)も没年(2022年)も、ジャン=リュック・ゴダールと同じ。見事な長距離走者だ。
トランティニャンの名を世界的に広めたのは、やはり『男と女』(1966)だろう。率直にいうと、私はこの映画が苦手だ。ムード先行で、思わせぶりで、「フォーニィ」という形容がぴったりの映画だと思った。ただ、叔父さんがF1ドライヴァーだったというだけあって、トランティニャンは車の運転がめっぽう巧かった。気むずかしそうな表情で相手役のアヌーク・エーメをじっと見つめた直後に、無防備なまでの笑みを浮かべる顔も印象に残った。眼はきびしいが、口もとが妙にエロティックなのだ。
おや、この人は芝居ができるぞ、と思い直したのは、ベルナルド・ベルトルッチ監督の問題作『暗殺の森』(1970)を見たときだ。日本での公開はたしか72年のことで、当時はヴィットリオ・ストラーロの華麗な撮影術と、相手役ドミニク・サンダの奔放さが評判になった。
時代設定は1930年代の末。トランティニャンの扮するマルチェロは、34歳のイタリア人ファシストだ。フランスに亡命した恩師の暗殺を命じられた彼は、新婚の妻を伴ってパリへ向かう。
だが、彼の性格は優柔不断だ。加えて、幼時に性的虐待を受けた記憶もあって、複数の屈折が心に染みついている。
そんな役柄を、トランティニャンは不思議な「受けの芝居」をベースに造型していく。マルチェロは迷う。幻想へ逃げ込み、傷の回復を期待し、それでもなお弱さを隠し切れない。いわば「もたれ役」の一種で、煩悶を抱えながらそれを表に出さず、じっとこらえている。ドミニク・サンダが扮する恩師の妻を見殺しにして車の後部座席で顔を凍りつかせる芝居などは、彼の真骨頂ではないか。
『暗殺の森』はイタリア語で吹き替えられた作品だったが、同じ時期、トランティニャンは、熟練した台詞術の持ち主であることも証明している。
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source : 文藝春秋 2022年12月号