news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、マンガ家の池野恋さんです。
池野さん(左)と有働さん(右)
©池野恋/集英社
ヒロインの名前に憧れて
有働 今日はちょっとドキドキしています。中学時代に夢中になって読んでいたマンガの作者さんなので「本物に会えた!」みたいな。
池野 私の方こそ。ミーハーなので「有働さんに会えた!」って。
有働 池野先生の代表作『ときめきトゥナイト』は、連載開始から今年で40周年なんですよね。シリーズ累計3000万部を超える大ヒットで、私も友達とみんなで回し読みしていた世代です。最初に読んだ時、ヒロインの蘭世(らんぜ)という名前に憧れて、親に「なんで私は由美子という平凡な名前なんだ!」と愚痴ったこともあります。
池野 ええっ(笑)。
有働 あと、蘭世が思いを寄せる真壁俊のキャラクターに引っ張られて、その後好きになる人はシャイボーイが多くなっちゃって。この作品が恋愛のお手本になったんです。
池野 そうですか。私も蘭世を描いている時は蘭世の心境になりますけど、恋愛は蘭世のような積極性はないですね。
有働 そこは違うんですね。
池野 私は憧れの人を盗み見ていて、マンガに活かすパターンでした。
有働 そうだったんですね。蘭世は、吸血鬼と狼女を両親に持つ魔界の女の子。連載がスタートした1982年時点では中学生で同級生の真壁くんに片思いするドタバタ恋愛物語だったのが、魔界や冥界、転生などが出てくる壮大なファンタジーに展開していきましたね。これは最初から想定していたんですか。
池野 いえ、まったく。
有働 マンガ家さんってすごいですね! 蘭世はシリーズ中で結婚や出産、子育てを経験して、今年3月刊の最新作『ときめきトゥナイト それから』では孫が誕生しました。先生としては嫁姑問題や金銭問題などのリアルな内容にはしたくないそうですが、それはなぜですか。
池野 読者が何を喜んでくれるのかと考えた時に、少しの間でも現実を離れて夢を見ていただきたいなと。読者は現実に色々な難題を抱えているかもしれませんけど、マンガの中だけは昔に戻って読んでほしい。若い時とそんなに変わらない気持ちで、おっちょこちょいで元気な蘭世を表現できたらいいなと思って描いています。
新シリーズが『Cookie』で連載中
なぜ岩手で描き続けるのか?
有働 たしかに読みながら40年前のピュアな気持ちに戻って「そうそう、蘭世ってそうだった」とうなずいている自分にびっくりしたんです。私、この乙女心を忘れていなかったんだって。
先生自身のお話を伺うと、岩手・花巻のご出身で、生まれた時から住んでいる土地で描き続けていらっしゃるんですよね。
池野 はい。
有働 外の地域に出たいとか、違う刺激がほしいとかは1度も思ったことはないですか。
池野 ないですね。祖父母と両親のいる家の一人娘で、小さな頃から祖母に「この家を守っていがねばわがねんだよ」と刷り込まれていたので。ずっと実家に住めるなんてラッキーだなという気持ちでした。
有働 家を守ることを背負わされたら、私は反発心が湧きそうです。
池野 もともと外に出ることを求めるタイプではなく、家で黙々と絵を描くのが好きなので。たとえば出版社のパーティーなどに呼ばれて上京すると、いつもヘトヘトになって帰ってくる。「東京に住むのはムリだな」と思っていましたね。
有働 その居心地の良さというのは、花巻の土地柄なのか、それともご家族と一緒だからですか。
池野 家族一緒ということが大きいですけど、花巻という土地で部屋から田園風景が見えたり鳥の声が聞こえたりするのどかさも、性に合っています。
有働 3年前には半生を振り返る『ときめきまんが道』というコミックエッセイを出されました。小さな頃から絵心のあるお祖父様と一緒に絵を描いたり、いとこと物語を作ったりするのがお好きだったそうですね。1番影響を受けたマンガ家さんって誰ですか。
池野 手塚治虫先生です。小学1年生の時に『ジャングル大帝』の1話分を丸々ノートに模写したことから始まって、絵も世界観も影響を受けました。その頃TVアニメも放映されていて、レオのお父さんのパンジャの姿にときめいていました。白いライオンが私の初恋の相手なんです(笑)。
デビュー3年でアニメ化
有働 中学2年生の時に、占いで「19歳でマンガ家デビューする」と出て、本当にそのとおりになったとか。
池野 「大明神様」というコックリさんのようなものですね。同級生が占ったらそういう答えが出たよと言われて。友だちがそうなるように誘導してくれたのかなと思いつつ、19歳と言われたのが心に残って、それを実現させたら面白いかもしれないとは思いました。
有働 それで、専門学校時代に新人賞に応募することに。
池野 そうです。19歳になったし応募してみようかなと。自分の中に刷り込まれた「19歳」がマンガ家へのきっかけでもあり、いつしか目標にもなっていたんです。
有働 デビューと前後して就職が決まっていて、岩手県共済連でのお勤めとの二足のわらじを3年続けたとか。そしてマンガ家業に専念された22歳で描き始めたのが『ときめきトゥナイト』だったんですよね。しかも、ほぼ同時並行でアニメ化されて。私も両方見ていました。
池野 連載が始まる前に「次の連載、アニメ化するからね」と突然言われたんです。デビュー3年くらいでよくわからないまま始まり、なすがままという感じでした。
有働 どう進行したんですか。
池野 月1回の連載では週1回のアニメの進行に追いつかないので、アニメオリジナルのお話が増えて、時々本編からエピソードを持っていく形になりました。最終回も本編とは違う形になりました。
有働 自分も描いている最中だとめちゃくちゃやりづらそう。
池野 自分なりにすごく気にしていたとは思います。アニメが終了して気が楽になりましたから。
有働 アニメを見ちゃうと「あれ、そうじゃないんだけど」みたいな描かれ方もありそうですもんね。
池野 でも番外編みたいな感じでマンガには出てこないキャラクターがいるとか、アニメはアニメのスタッフの方が自由に遊んで作ってくださっていたので、見ていて楽しかったです。アニメの方が先に魔界が出てくることになったので、逆に絵コンテをいただいて参考にしたこともありました。
有働 それは非常に珍しいケースではないですか。
池野 たしかにそうですね。
有働 デビュー3年で描いた作品が少女マンガ史上に残るヒット作になり、同時にアニメ化もされて。マンガ家人生の中でどういう時間だったと言えますか。
池野 アニメの放送期間は1年ほどと短かったですけど、宝物のような時間でした。アニメに負けないように面白い話を描かなくちゃと刺激を受けました。アフレコの見学で声優さんと仲良くなり楽しいことも多くて。濃密で有意義な時間でした。
「ここでキスさせろ」
有働 担当編集者はずっと同じ方ですか。
池野 40年以上の間に何人か代わりました。今の担当さんは初の女性でそれも新鮮です。
有働 えっ、それまではずっと男性とは! ちょっと意外です。
池野 ずっと男性の担当さんでした。デビューした時は10歳くらい上の方が2人。その後は徐々に私より若い人に移り変わっていき、若い担当さんからダメ出しを食らうと「そ、そうなんだ」と結構傷つきます(笑)。
有働 少女マンガというと女性の担当さんばかりなのかと思っていました。男性の担当さんは少女マンガをどう見るんでしょう。
池野 最初の担当さんは、少女の気持ちよりストーリー重視で「こういう展開にしたほうが面白いよ」とアドバイスをくれました。ファンタジーの参考になるからと『夏への扉』や『指輪物語』といった小説を色々送ってくださって。あと、男性でわりと多かったのは「ここでキスさせろ」と言う方がいらっしゃいました(笑)。
有働 男性からしたら「もうそろそろ関係を進展させてくれ」みたいなじれったさがあるのかな(笑)。
池野 抵抗や拒否をしたこともありますけど、やはり編集のプロなので、直されると「確かにこっちの方が面白いな」と思うんですよね。
有働 担当さんは打ち合わせのために毎回花巻まで?
池野 私がメモしたものをラインやファックスで見ていただいて、電話で打ち合わせます。最初の担当さんはわざわざ花巻まで来てくださることがあって、喫茶店で一緒に頭を抱えながら考えていました。
有働 まさに二人三脚ですね。
池野 連載だと、前回の続きから次回への展開までを一緒に考えるんです。でも、予告を出しておいて全然違う話になることもありました。
有働 ほー、そんなこともあるものなんですね。
池野 『ときめきトゥナイト』も連載開始前の予告は、ショートカットの女の子を描いていたんです。ところが、連載が始まってみたら蘭世は腰まであるロングヘアなので、全然違うぞと今でもネタになっています。「幻の予告」だ、みたいな。
有働 当時、これは長く売れるぞという手応えはあったのですか。
池野 そんなことはわかりません(笑)。ただ、私は蘭世編で終わりだと思って描いていたので、大人の事情で「違うキャラで続きを描いてください」と言われた時には「いやー、どうですかね」というのが率直な気持ちでした。その後主人公を変えて第3部まで続きましたが、蘭世じゃなくなったことにブーイングを受けながら、依頼されるがままに描き続けていたんですけど。
有働 先生、それは大人の事情を飲み込みすぎですよ。
池野 どうなんでしょう。私じゃない人ならイヤだと言っていたんですかね。でも、流されるまま来たようで、そのつど思い切って下してきた選択は間違っていなかったと思っています。
夫はマンガのモデル?
有働 実は池野先生もシリーズを描きながらご結婚・ご出産を経験されているんですよね。
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source : 文藝春秋 2022年10月号