★「石油王」になれない男
「やはりおごりが出たか」
ENEOSホールディングス会長の杉森務氏を知る財界有力者は、突然の辞任理由が女性への猥褻行為だったと聞くと、深い溜息をついた。
石油元売り最大手のJX日鉱日石エネルギー(現ENEOS)のトップに就いてから8年。エクソン・モービル系の東燃ゼネラル石油を経営統合し、東燃出身幹部との軋轢が絶えなかったが、今年4月に子飼いの齊藤猛氏を社長に引き上げ、盤石の体制を築いたばかりだった。
学生時代から野球に打ち込み、社会人野球の名門、日本石油に入り、役員になると野球部長を兼務した。もともと勤労課が長かったが、課長時代に販売部門に転じ、常務だった渡文明氏に出会った。
「平成の石油王」と呼ばれた渡氏は、ガソリンスタンドを経営する全国の特約店との強い絆を権力基盤としていた。杉森氏の負けず嫌いを買った渡氏は、「お前はクビだ!」と叱りながら鍛えた。杉森氏も渡氏の手法を学び、地元のスタンド経営者との仕事、酒、ゴルフに休日返上で打ち込んだ。「販売エースの座をあっという間にもぎ取った」(旧日石OB)という。
「もともと体育会系の気質だから、親分子分の関係を大事にする。仕事には厳しく、パワハライメージを持つ社員もいた」(旧東燃出身者)
都心のクラブで側近たちと飲む姿もよく見かけられ、地方では派手に飲んでいた。事件が起きた当日は特約店の経営者らとの酒席だったという。
4年前には経団連副会長の座も射止め、脱炭素戦略や中東との民間外交を担った。ENEOSにとって「脱石油」は最大の経営課題だ。杉森氏も水素エネルギーの開発に取り組み、再生エネルギーの開発会社を買収した。
甘利明元経産相ら政界にも人脈を広げた。菅義偉前首相とは官房長官時代から親しく、買収した子会社が秋田沖の洋上風力発電への参入を検討した際も「脱炭素戦略を打ち出した菅氏への配慮がちらついた」(旧日石出身幹部)。
岸田政権がガソリン価格を抑えるため、石油元売りへの補助金政策を打ち出した時も、業界をまとめる役回りを担った。杉森氏退場の波紋は石油業界だけでなく、政財界でも当分収まりそうにない。
★他社が食いつかないワケ
化学業界で三菱ケミカルグループの「独り相撲」が話題になっている。
昨年末、ジョンマーク・ギルソン社長は中期的に石油化学事業を再編する方針を表明、「日本の主要プレーヤーとの統合のほか、新規株式公開や株式売却も選択肢となる」と語った。その後、2024年3月期までに同事業を分離するものの事業売却はせず、全額出資子会社にして他社との再編を目指すと踏み込んだが、同業他社は食いつかない。
世界的な脱炭素の潮流を踏まえれば石化事業の再編という方針は間違っていないのだろう。それでも他社の反応が鈍いのは先行表明した三菱ケミが再編の主導権を握るのではないかという懸念があるからだが、理由はそればかりではない。
「三菱ケミの方針はギルソン社長が考えた話ではない。元社長で現在は東京電力ホールディングス会長の小林喜光氏の思惑だ。それがギルソン社長の口から出ているに過ぎない」と他社幹部は分析する。
三菱ケミは再編に次ぐ再編の歴史を辿ってきた。1994年、三菱化成工業と三菱油化が合併し三菱化学が誕生。その三菱化学が2017年、三菱樹脂、三菱レイヨンと合併してできたのが三菱ケミだ。
小林氏は74年、三菱化成工業に入社。03年には三菱化学の執行役員に就き、07年に社長となった。いわば三菱ケミの保守本流を歩んできた人物だが、手掛けたのは光ディスクやフロッピーディスクの開発などだ。屋台骨だった石化事業に思い入れはないという。
その小林氏は財界人として、つとに知られた存在だ。経済同友会代表幹事や経済財政諮問会議議員などの要職を歴任。その実績を買われて東芝社外取締役や東電会長ポストに就いた。このため「肩書きハンター」、「経営者としてはそれほど実績がないじゃないか」と揶揄する声もある。
「日本の化学業界を挙げて石化事業を再編しても、小林さんのルサンチマンや『ええ格好しい』の片棒を担ぐだけ。そもそも三菱ケミが石化事業の再編に本気なのかも疑わしい」(前出の同業他社幹部)
だからこそ他社が、「この指とまれ」に応じないという。
小林氏
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source : 文藝春秋 2022年11月号