「収入の不安定な男性は避ける」「親には言えない」「月4~5000円を課金」
石戸氏
マッチングアプリは日常の一部
それは、業界の空気を一変させる告白だった。2022年4月、タレントの新山千春が、14歳年下の20代の男性と交際していることを公表。自身のユーチューブチャンネルで、「アラフォー女優がマッチングアプリやったら奇跡が起きた」と題して、自身のプライベートを詳細に語ったのだ。友人の勧めでアメリカ発のアプリを使ったこと、相手がサンフランシスコ在住の日本人デザイナーであることなどを赤裸々に明かした。
この告白に社会が驚いたポイントはたった一つしかない。これだけ名前の知られた芸能人がマッチングアプリを使って、恋を実らせたことである。そこから先の反応は大きく2つに分かれるように思える。
一方にアプリを介しての出会いは危険が伴うものであり、かつて社会問題化した出会い系サイトのようにリスクが高いのではないかと考える人々がいる。片や、なるほど出会いの場としてアプリを使うのは当たり前だと思う人々が存在している。
ここに一つのデータがある。三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2021年に発表した「マッチン グアプリの動向整理」だ。マッチングアプリを知っていると答えた層は20代で実に68.2%に達し、多数派を形成している。現在利用している、あるいは過去3年以内に利用したことがある、と回答したのは28.9%と3割近くいる。
ところが、40代になると「知っている」層は33.5%まで下がり、「利用したことがある」も――無論、すでに婚姻している、パートナーがいるといった理由も大きいのだろうが――6.8%しかいない。これより上の世代は推して知るべしといったところか。年長世代にとって、マッチングアプリは身近なものではなく、イメージでしか語られないという現実がここに示されている。若い世代にとって、マッチングアプリはすでに日常の一部だが、親世代には不可視な存在になっているのだ。
コロナ禍で婚姻数が激減
「11万の結婚」が失われた
若年層におけるマッチングアプリの浸透には、見過ごせない社会的背景がある。東京大学准教授の仲田泰祐氏と東京財団の千葉安佐子氏が2022年2月に発表した研究によれば、新型コロナウィルスの流行とそれにともなう対策は多くの出会いを奪い、この2年間で婚姻数はおよそ11万件も減少したという。2021年には、婚姻数・出生数がともに戦後最少を記録している。これらのデータは男性の4人に1人、女性の6人に1人が結婚を選ばない時代を象徴している。少子高齢化は新型コロナによって、さらに加速したのだ。
「過去10年間、日本の婚姻数は一貫して下降してきました。2010年に70万件あった婚姻は今や50万件前後にまで減ったのです。特筆すべきは2020年、2021年の2年間で失われた婚姻が11万件に及ぶことでしょう。私たちは“コロナ以前”である2010年から2019年までの10年間のトレンドを解析し、“感染症流行がなかった場合”の推計値を算出しました。その推計値と現実の婚姻数の差が、11万もの“失われた結婚”というわけです」(千葉氏)
コロナ禍によって婚姻が失われたことはその他のデータからも明らかだ。例えば、「ゼクシィ結婚トレンド調査2021首都圏」によれば以前から30歳以上は20代と比べて交際から婚姻までの期間が短いことが分かる。そしてコロナ禍に入るとまず30代、40代の婚姻数が下落し、続いて若年層の婚姻数が下落した。人流抑制による“出会いの減少”で、まず先に交際から結婚までの期間が短い30代以上の高齢層の婚姻数に影響が出たことがわかる。
千葉氏は今後、20代など若年層の婚姻数にもはっきりと影響が出るリスクを指摘した上で「この2年間に出会おうとする努力自体が失われてしまった場合、今後、さらにダウントレンドが鋭くなる可能性も考えられます」と警鐘を鳴らす。
国内最大手のマッチングアプリ「ペアーズ」の自社調査(2022年4月)によれば、デートや恋活を控える理由を尋ねたところ、「デートをするために混雑した場所に出かけると感染の不安があるから」が23%でトップになり、「自粛要請(緊急事態宣言やまん延防止等重点措置など)が出ているから」が続く結果となった。
「我々の調査では、若い世代も結局は学校とか職場など日常生活の中で顔を合わせることによって交際がスタートする割合が非常に大きいのです。リクルートの行った調査では、24歳以下の世代では『職場・学校・趣味』での出会いをきっかけに結婚する割合がおよそ7割。大切なのは、やはり顔を突き合わせるリアルな交流なのです。が、これがコロナ禍で失われてしまいました。婚姻が失われれば、出生も減っていくことが予想されます。事実婚がそれほど根付いていない日本の社会では特に顕著でしょう。11万件の“失われた結婚”が今後、社会に与える影響については、数年をかけて見極める必要があります」(同前)
国内最大手「ペアーズ」
「出会い系」との最大の違い
職場や学校といったかつての出会いの場が失われた現代の若者にとって、マッチングアプリは結婚相手を見つけるためにもはや不可欠なツールになりつつある。
マッチングアプリが日本において爆発的に普及することになったきっかけは、本人確認の「認証」による安全性の担保にあった。インターネットを介して男女が出会うために活用されたものに「出会い系サイト」があるが、これは匿名で使うことができ、それゆえに犯罪やトラブルの温床となっている。
だが、前出のペアーズや世界規模で広がった「ティンダー」など、最近のマッチングアプリは登録時に公的な身分証の提示を求めるのが一般的になっている。前者であれば運転免許証や健康保険証、マイナンバーカードなどを撮影し、最初に登録する必要がある。審査を通過して初めてアプリを使用することができるのだ。ペアーズは結婚・交際を前提としているため、自己申告ではあるが、既婚者やすでにパートナーがいると登録できないことになっている。
女性は原則無料(有料のオプションもある)。男性は有料で、細かく段階的に課金が求められる。課金は1カ月の契約なら3590円に加え、より充実した機能が使えるプレミアムオプションが提示されている(2022年6月現在)。男性が気になる女性に“いいね”ボタンを押して、女性から“いいね”が返ってくれば、その時点でマッチングが成立し、個別のやりとりができるようになるという仕組みだ。
ペアーズに限らず、マッチングアプリの多くが、女性ユーザーの利用料が原則無料だ。アプリの使用経験がない諸氏からすれば、男性だけが有料であることに違和感を覚えるかも知れない。だが、マッチングアプリは概して、男性に比して女性ユーザーが圧倒的に少ない。つまり女性にとっては“買い手市場”が常態化しており、一人の女性に数多くの男性からのアプローチが集中することはざらなのだ。男性側がアクションを起こしても、女性側からの反応がないという場合も少なくない。
ペアーズの運営会社「エウレカ」の社長、石橋準也氏が説明する。
「男女比のバランスを保つことはマッチングアプリの運営側がいちばん気遣わなければいけないポイントなのです。男女両方に課金をお願いすると、どうしても女性のユーザー数が減ってしまう。ペアーズでは今のところ、だいたい男性が55%、女性が45%という比率をキープしています。女性への追加の課金については、現状では考えていません」
ペアーズでは男性側の支払う金額が増えれば、月に使える女性への“いいね”の数も増えるようになっている。アクションを起こすにもカネが要るのだ。出会いの確率も金額によって変わるということである。男性が無料登録で使える機能もあるが、女性とのメッセージのやり取りに制限がかかってしまい、実質的に有料会員にならなければ、出会いまでは辿り着かないように設計されている。これも男女の均衡を保つための工夫なのだという。
世界一のシェア「ティンダー」
毎月3人程度と出会う
では、実際にマッチングの現場では何が起きているのか。今回何組かのカップルを取材したが、なかでも最も標準的な“アプリ婚”を遂げたカップルの例を紹介しよう。
関西在住の宮下夫妻(仮名)は、夫は会社員、妻は栄養士で、ある施設の職員として働いている。マッチングアプリで出会い、3年の交際を経て2019年に結婚した。現在、夫は32歳、妻は33歳で、アプリを使い始めたのはともに20代後半からだという。
20代も後半に差し掛かろうとしていた2016年前後、当時、関東の本社で働いていた夫に関西支社への人事異動が告げられた。結婚を前提とした女性との交際を考えていた時期に、誰も知り合いがいない土地に赴任することになってしまった。
彼が出会いを求めるべく手を伸ばしたのは、マッチングアプリだった。大学時代の友人が使っており、その友人もまたアプリで知り合った女性と、結婚を前提とした付き合いを始めていたというのも大きかった。その友人の証言である。
「僕は複数のマッチングアプリを使っていましたが、使っているうちに段々と各アプリの特性の違いがわかるようになってくるのです。近くにいる相手とすぐに会えることが特徴のアプリもあれば、共通の趣味でつながりを持つことができるアプリもある。使い方も違えば、出会い方も違う。いずれにせよ無料だと限界があるとわかったので、僕は最大で月4~5000円を課金していました。
空いた時間があれば、仕事中でもアプリをチェックしていましたね。気になった女性に送ったメッセージの返事が来ていないか、“いいね”を誰に送ろうか、なんてことを日々考えていました。親しい周囲の友達にもアプリを使っていることを隠していませんでした」
彼はアプリで知り合った女性と毎月3人程度、リアルで会っていたという。そのなかの1人と結婚を前提とした付き合いを始めた。
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source : 文藝春秋 2022年11月号