1961年、視察先の海外で消息を絶った元陸軍参謀・辻政信。著書『辻政信の真実』(小学館新書)でその謎を追った前田啓介記者は、取材先で辻の不思議な人間力に触れた。
「絶対悪」――。
作家の半藤一利が表したこの仮借のない言葉によって、辻政信の評価は決定づけられた。半藤はノモンハン事件での上部組織の命令をものともしない辻の独断専行ぶりを、それを許した日本陸軍を断罪した。
辻は1902年、石川県の山深い集落に生まれた。陸軍の学校を優秀な成績で終えた後、太平洋戦争開戦時のマレー作戦の立案という光と、半藤が批判したような影の部分を色濃く纏う陸軍参謀として生きた。
1950年には、戦犯として裁かれることから逃れるため国内外で送った潜伏生活を綴り、『潜行三千里』として刊行する。捕縛の手をかわす知力と胆力は大いに受けた。本はベストセラーとなり、戦後の辻の代名詞となった。余勢を駆って出馬した衆議院総選挙では石川でトップ当選を果たす。辻が当選した理由を、共産党は本来自分たちの支持層であった農民や労働者たちが辻に票を投じたからだと認めた。“潜行三千里”中の辻と親しく交わった男性は「辻さんのように強い信念を持って生きたいと思った」と、その後の人生を振り返った。彼もまた辻を支持した大衆の1人だった。
安保闘争で盛り上がった1960年、辻は左翼的思想を持つ学生たちを連れて世界16か国を旅した。旅を通じて親子のような関係が生まれたと自負する辻に対し、作家の杉森久英は辻の感慨などは学生たちにとって「笑うべきことのように思えた」とあしらった。だが学生の1人はそれをきっぱりと否定し、「僕は結論的には好きだったんだな、辻政信という人がね」と私に語ってくれた。立場や思想の如何に関わらず、辻は接した人を惹き付けた。
辻の強い信念やそれに殉ずるかのような純粋さは、知識人たちの懸念を軽々と超えて人々の心を掴んだ。その事実は「正しさ」の強さだけではなく怖ろしさも顕わにする。
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