山本七平「『空気』の研究」を超えて

大型企画 100年の知に学ぶ

與那覇 潤 評論家
ニュース 社会 歴史

その文明論の射程は今の時代を見通すほど深く、その視野は日本にとどまらず、世界を見ていた

山本七平 ©文藝春秋

「文明」という考え方が今、久しぶりに私たちの肌感覚に即したものになっています。

 たとえば2022年の2月、ロシアのプーチン大統領がなぜウクライナ戦争を始めたのか、理由をはっきり断定できる日本人はいません。合理的に考えれば、世界で孤立し経済封鎖を招くことは、当人にもわかっていたはず。旧ソ連の支配領域へのこだわりにしても、常に最高級の着衣で着飾るプーチンは共産主義的な人間に見えず、どこかちぐはぐです。

 こうしたとき、人は現状を説明する論理を「文明」に求めます。プーチンが属するロシア文明には、私たち外部の者にはにわかに把握できない、独特の思考法やロジックがあるのではないか。国際社会の目には大事件として映った1991年のソ連解体は、「ロシア文明史」の観点ではさほどの画期ではなく、むしろキリスト教時代も共産主義時代も貫いて続いてきた、強権による統合への欲求(ツァーリズム)は変わることなく今日に至るのでは、といった具合です。

 そうした視点を、冷戦時代にすでに指摘した文明史家が、山本七平でした。

 いま山本七平というと、参照されるのはもっぱら『「空気」の研究』(77年)です。東日本大震災や新型コロナウイルス禍といった社会的なパニックが一段落するごとに、「やはり日本人は、空気に流される同調圧力でしか動けませんね」と論評する根拠として毎回のように持ち出され、名前を耳にした人は多いでしょう。

與那覇潤氏 ©文藝春秋

本誌で「『空気』の研究」を連載

 もっとも『「空気」の研究』は、1975年9月号からの本誌の連載を基にしており、今日新たに読む人は当時の「時事ネタ」に戸惑うかもしれません。イザヤ・ベンダサンの筆名で刊行したデビュー作『日本人とユダヤ人』(70年)にしても、日本人論が陸続とベストセラーになった「戦後の大衆教養社会の象徴」として懐古的に語られるのみで、現役の書物とは見なされていない。

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source : 文藝春秋 2023年1月号

genre : ニュース 社会 歴史