著者の笠井一子さん
京都だけに存在する、男性限定の「配膳」という職業をご存じだろうか。彼らは紋付袴のいでたちで、茶会や宴席などの現場を取り仕切る。地元では親しみの意を込め、“配膳さん”と呼ばれる。ライターの笠井さんが配膳さんの存在を知ったのは、30年以上も前のことだ。
「もともと京都には格別な思い入れはなかったんですよ。30歳を過ぎてから雑誌の取材で訪れ、街全体から醸し出される柔らかくて軽やかな空気感に、すっかり虜になりました。たとえば早朝、通りを歩く人の下駄の音から、毎朝拭き清められる格子戸の木目にいたるまで、見るもの聞くことのすべてが物珍しく魅力的に感じられました。それ以来、京都取材といえば率先して名乗りをあげ……(笑)。そうこうするうちに配膳さんの存在を知ったというわけです」
笠井さんが寺や神社、料亭などを徹底取材し、それをまとめたのが1996年に出版した『京の配膳さん』(向陽書房)だった。本書はそれに大幅加筆したものとなる。配膳さんは文字通り、客席に料理を運ぶことも仕事の一つではあるが、他にも座敷のレイアウト、掛け軸や調度品のコーディネイト、荷物や履物の預かりなど、その役割は多岐にわたる。
「仲居さんたちの間に男性が混じっていると、初めての方なら奇異な感じを持つかも知れません。宴を非日常的な演劇空間とすれば、配膳さんはその舞台の只中で客を主役に仕立て上げる脇役、そして必要な時に手を差しのべる黒子といえるのかも。彼らのおかげで、場の雰囲気を格調あるものにできるし、客は自分が主役になったような贅沢な気分を味わうことができるでしょう」
本書で紹介されている配膳さんの一人、吉崎潤次郎氏の〈下足札なしに客の顔見ただけで、サッと靴や草履が出て来んとあかんのですわ、京都ではね〉という言葉には、その“おもてなし精神”がよく表れている。
「今では配膳さんの文化もすっかり廃れてしまいましたね。このへんで、本来のもてなしとはいったい何か、その根底にある意味をきちんと考えてみたいと思ったのです。さて、これからの世の中、はたしてAI(人工知能)は、配膳さんに取って代わることができるのでしょうか?」
東京オリンピック・パラリンピックは残念ながらコロナ禍で延期になってしまったが、この機会に本書で、日本のおもてなしの奥深さに触れてほしい。
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source : 文藝春秋 2020年8月号