常井健一「無敗の男 中村喜四郎 全告白」

文藝春秋BOOK倶楽部

中島 岳志 東京工業大学教授
エンタメ 読書

常識を覆した選挙戦術

 1月14日に開幕した日本共産党の党大会に、元自民党の衆議院議員・中村喜四郎が招待された。中村は野党共闘を訴え、「力を合わせ頑張っていきたい」とエールを送った。

 中村は1976年の初当選以来、選挙で負けたことが一度もない。実に14連勝。94年にゼネコン汚職で逮捕されたが、選挙には負けなかった。2003年1月に実刑確定で失職したものの、出所後の5年に行われた郵政選挙でも当選。以後も無所属で勝ち続けた。

 無所属での出馬は、比例復活はなく、政見放送もない。それでも中村は、選挙に勝ち続けてきた。なぜか?

 それは中村が、徹底的に「歩く」選挙を貫いてきたからである。中村の特徴は、地元の有力者に頼らないこと。社長は相手にせず、とにかく末端の人たちを大切にする。

 中村は選挙資金が潤沢ではない。末端の人たちは、中村を応援しても、直接的な金銭的利益はない。けれども、中村の後援会は最強の集票組織として機能する。それは偉い人が味方に付いていないので、「オレが動かないと中村は落っこちちゃう」と支援者が思い、懸命に運動を行うからだ。「地方の名望家が勝負を左右するという、これまでの選挙の常識を覆し、社会の底辺を支えている人々に、『自分たちが結束すれば既得権者を投票所で打ち倒せる』というカタルシスを与えたのだ」。

 中村は選挙区を秘書の人数で分割し、担当地区を指定する。そして秘書は、地域の細かな情報や人間関係を把握し、毎日、中村に報告する。

 秘書1人当たり1時間。合計5時間近く、中村は報告に耳を傾け、状況を把握する。そして、週末には選挙区内を本人がくまなく回り、マイクを握って主張を訴え続ける。人が集まる所では演説をしない。誰もいないところで、演説を続ける。「あんなこと、よくやれるな」と思われたとき、中村の姿が人々の印象に残る。これが人の心をつかむ戦術だ。

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source : 文藝春秋 2020年3月号

genre : エンタメ 読書