一貫した紙へのこだわり
著者の三島は「原点回帰の出版社」を標榜するミシマ社の設立者。もともと大手の出版社の編集者だったが、2006年に独立した。
新卒で出版社に入社した三島は、編集の仕事が楽しくて仕方がなかった。本を作ることの喜びにのめり込んでいた。しかし、何か晴れないものが残った。それは成果主義。編集の仕事はやりがいがある。だから、限界を超えてがんばってしまう。その結果、人生が搾取されていく。このジレンマに陥ったとき、「目の前の仕事が大好きであるという事実」と「その好きな仕事をおこなう自分のいる場」を切り離そうと考えた。
彼は、お金に絶対的価値をおく生き方から距離を取るために会社を辞めて旅に出た。そして、別の出版社勤務を経てミシマ社を立ち上げる。
ミシマ社は絶版を作らない。そして、取次を通さず、書店との直取引を行う。仕事は〈楽しく、ほがらかに〉がモットーだ。ミシマ社の取り組みは注目を集め、話題になる本が相次いだ。会社は順調のように見えたが、出版不況がじわじわと経営を蝕んでいく。絶版を作らないという方針は、増刷の経費と在庫のコストを生み出す。取次を通さないシステムは、手間がかかる。
ミシマ社は、新しい取り組みを次々と打ち出す。2015年には100ページ前後の「コーヒーと一冊」というシリーズを創刊。スマホになれた人たちが読み切れる「薄い本」の出版に踏み切った。そして、台割のない雑誌「ちゃぶ台」の創刊。書店に利益を還元するため、買切55%で卸ろすシリーズを刊行。出版用会計システムの構築にも乗り出した。それでも経営危機はやってくる。楽しさやほがらかさの追求は、どこかで社員のなれ合いを生んでしまい、甘い考えが共有されてしまう。三島は社員のやりがいと経営を両立させる難しさにぶつかり、右往左往する。
ミシマ社が一貫しているのは、紙へのこだわりだ。ミシマ社は電子書籍を出さない。「自分の感覚に素直にしたがえば、紙の本は電子書籍と同列に並べるなんて不可能でしかない」。なぜか。それは「紙の本を前にすると、身体が喜ぶ!」からだと言う。
三島は本ができあがったとき、本に「すりすりしないではいられない」。まるで赤ん坊に頬ずりするように、紙の本への愛情を表現する。彼は社員を連れて王子製紙苫小牧工場へ見学に行く。紙の神様を祀る岡太(おかもと)神社にお参りに行く。この紙への愛着が、本書のタイトルにつながっている。
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source : 文藝春秋 2020年6月号