逸脱者たちの未来──「歴史の闇」は「新しい倫理」に生まれ変わるか

仁義なきヤクザ映画史 最終回

エンタメ 映画 歴史

関本郁夫『極道の妻たち 死んで貰います』(1999)

 1980年代後半、バブル経済の隆盛とともにヤクザ社会は肥え太っていく。一方、東映ヤクザ映画は『極道の妻(おんな)たち』以外に新機軸を見つけられず、低迷した。そしてバブル崩壊後の92年に施行された「暴力団対策法」は、ヤクザ社会とヤクザ映画にともに決定的な打撃を与えた。

 脚本家の笠原和夫は、ヤクザ映画を書かなくなった理由を、2002年に刊行された『昭和の劇 映画脚本家笠原和夫』(笠原和夫、荒井晴彦、絓秀実共著)でこう語っている。

 現代劇として「経済ヤクザ」を描くなら、四大銀行が貸付先の倒産や不渡りの情報を入手したり、土地の買い占めをするためにいかに総会屋やヤクザを使ってきたかを描かなければならない。だが、銀行から金を借りている東映株式会社にはそれができなかった。銀行のみならず政治家をも巻きこんだ利権争い、立体的でダイナミックなジャパニーズ・マフィアの構造を描かなければ、ヤクザ映画なんて作る意味がない、と。

 笠原が言う「ヤクザと政財界の関わり」をテーマにした東映ヤクザ映画が、俊藤浩滋・高岩淡製作、溝口敦原作、高田宏治脚本の『民暴の帝王』(93年、和泉聖治監督)である。「民暴」とは「民事介入暴力」の略称。暴力団またはフロント企業が、資金獲得の手段として、一般市民の社会生活や経済取引に介入、関与することを指す。

銀行のことを書くな

 この映画の前年、「暴力団対策法」が施行されるタイミングで、ヤクザ相手に戦う「民暴」専門の弁護士(宮本信子)を主人公にした『ミンボーの女』(伊丹十三監督)が公開され大ヒットしたが、俊藤浩滋はその向こうを張って、ヤクザ側から民事介入暴力の実態を描こうとした。主人公「江田晋」のモデルは、「山一抗争」の終結に尽力し、「東京佐川急便事件」のフィクサーとして知られる「経済ヤクザ」の先駆け、石井隆匡(たかまさ)二代目稲川会会長。この江田を小林旭が颯爽と演じ、今のところ小林にとって最後の映画主演作となった。映画では、石井隆匡が関与したとされる「住友銀行による平和相互銀行の吸収合併」、「平和相互銀行の岩間カントリークラブ開発」、「東京佐川急便からの巨額の融資」と思しき事件が描かれる。しかし、高田宏治は「俊藤さんから『銀行のことを書くな』と釘を刺され、経済事件は点描に留めた」と証言した。また、この映画を観た経済評論家の佐高信はこう語る(ともに本稿のための取材による)。

 佐高 『民暴の帝王』では、住友銀行や平和相互銀行やイトマンがなぜヤクザの力を借りなければならなかったかがちゃんと描かれていない。政界や経済界には主流と傍流があるんです。三井・三菱銀行は頭取が日銀総裁になれる主流。それに対し住友は大阪の銀行ということもあり、頭取が日銀総裁にはなれない傍流です。主流の三井・三菱は汚れ役を置いて汚れ仕事をさせ、裏社会の侵入を止める仕組みがきちんとできていますが、傍流の住友とか、住友の商社部門であるイトマンにはちゃんとした仕組みができていないから、裏社会に付けこまれるんです。

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source : 文藝春秋 2023年4月号

genre : エンタメ 映画 歴史